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【東京】

「ごみ戦争」の記憶 語り継ぐ 江東区の展示施設リニューアル 

食卓にたかるハエを追い払うゲーム。制作を担当した畑野大樹さんは「当時の暮らしが大変だったことを改めて実感しました」と話す=いずれも江東区で

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 高度経済成長期、江東区の埋め立て地に都内各地からごみ清掃車が押し寄せ、区民の怒りが爆発した。清掃行政の転換点となったといわれる「ごみ戦争」だ。その歴史を語り継ぐ新たな展示が、区の環境問題学習施設「えこっくる江東」(潮見)にできた。出来事をリアルに知らない若手職員らがアイデアを練った。 (浅田晃弘)

 改善と言いながら、約束を破り続ける東京都、実際にごみを出す他の区に対する江東区民の我慢は、限界に近づきました…江東区は東京の吹きだまりではないことを知ってもらうため声明文を出しました…。

 展示コーナーで流れる映像は、ごみ戦争が起きた背景から、解決に向けて区が果たした役割を振り返る。当時としては貴重なカラー映像を集め、六分間に編集した。

 ごみの量が急激に増えた昭和三十年代、都内に清掃工場は少なかった。焼却されないまま江東区の埋め立て地に運び込まれ、ピーク時は一日五千台の清掃車が区内を走った。渋滞、悪臭、ハエの大発生…。一九七一年、美濃部亮吉知事は「ごみ戦争」を宣言し、清掃工場建設などの対策を進めると表明したが、杉並区では住民の反対運動で工場建設が進まない。

 みんなで協力して解決してもらおうと杉並区の清掃車を追い返しました…。

 清掃行政の基本理念として、区内で発生したごみは区内で処理する「自区内処理の原則」、住民が迷惑なことを平等に引き受ける「迷惑負担公平の原則」が確立したのは、こうした江東区民の行動があったからだ、と結論づけて終わる。

 「各区のゴミは各区で始末せよ」と書いたたすき、都や他の区にあてた声明文、公開質問状など一連の闘争で使われた実物資料の展示もある。

 美濃部知事のごみ戦争宣言から来年で五十周年を迎えるのを機に、モノクロ映像などでごみ戦争を紹介していたコーナーを、大幅にリニューアルした。若手の環境担当職員がプロジェクトチームを作り、内容をまとめた。

 子どもたちに親しんでもらうための工夫が随所にある。食卓に群がるハエを追い払うゲームの制作を担当した畑野大樹(ひろき)さん(29)は「まちにごみがあふれる映像に衝撃を受け、当時の生活を追体験する仕掛けとして発案した。私たちの世代は、ごみ戦争という言葉は知っていても、実際に何が起きたかは見ていない。記憶を語り継ぐ努力をしていきたい」と話していた。

 展示室は現在、新型コロナウイルス対策のため休館中。問い合わせは、えこっくる江東=電03(3644)7130=へ。

ごみ戦争の歴史を紹介する映像コーナー。スローガンを書いたたすきや、さまざまな書類など実物資料も展示する

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