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【親子でぶらり 学べるスポット】

足尾鉱毒事件田中正造記念館(群馬県館林市) 今も汚染水…来館者と学ぶ

武家屋敷町の一角にある足尾鉱毒事件田中正造記念館

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 足尾鉱毒事件とは、明治時代、栃木県の足尾銅山から流れ出た硫酸銅などの鉱毒が渡良瀬川を汚染し、下流の耕地を荒廃させた日本の公害の原点とも呼ばれる事件を指す。被害は群馬、埼玉、茨城、千葉の各県にまで及んだが、中でも激甚(げきじん)であったのは群馬県館林市付近だった。

 その館林市の中心街、武家屋敷町の面影を残す一角に、2006年にオープンした。足尾鉱毒事件の被害農民を救済するために奔走した気骨の政治家、田中正造に関する資料や事件の被害実態などを示す写真、パネルなどが集められている。

 ユニークなのは運営母体がNPO法人で、スタッフは全員ボランティアであることだ。

 「特別な資料があるわけではない。皆さんと一緒に勉強したいという思いで生まれたのが、この記念館です」と副理事長の奈良洋さん(74)は説明した。

 奈良さんが強調したのは、鉱毒事件は過去の不幸な出来事ではないという点だった。銅山は1974年に操業を停止し、渡良瀬川は、サケが遡上(そじょう)するほどによみがえった。しかし鉱山跡からの汚染水は今も流出を続けており、浄化施設があってこその清流だ。また川の両岸には製錬所から出た鉱滓(こうさい)が野積みされている。2011年の東日本大震災では、野積みにひびが入り、流域自治体を慌てさせた。

 一度破壊した自然を回復させるのは容易なことではない。しかも鉱毒事件から130年を経て福島第一原発事故が起きたように人は同じ過ちを繰り返す。

 「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」という田中正造の言葉は今も胸を打つ。

 「ここに来る子供たちに、君たちはどう思う?と聞いてみたい。それが私たちの勉強です」と奈良さんは熱く話した。   (坂本充孝)

◆ひとこと

 佐野市郷土博物館では、田中正造の肖像を配した特製の一筆箋を販売している。ファンにはうれしい。300円也。

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 ★メモ 群馬県館林市大手町6の50。東武伊勢崎線館林駅から徒歩5分。開館10〜16時。火、木、土、日のみ開館。入場無料。(電)0276・75・8000

●足を延ばせば…

 ★雲龍寺 館林市下早川田町1896。東武伊勢崎線館林駅から車で15分。正造の分骨地のひとつ。明治29(1896)年、正造はここに「栃木群馬両県鉱毒事務所」を設けた。鉱毒被害農民と警官隊が衝突した明治33年の川俣事件では、農民たちの集結地となった。

 ★佐野市郷土博物館 栃木県佐野市大橋町2047。JR・東武佐野駅から徒歩20分。正造の遺品などの展示が充実している。鉱毒の被害農家を訪問中に死亡した正造が所持していたのは信玄袋ひとつで、これが全財産だった。袋の中には草稿と新約聖書、日記、小石3個などが入っていた。入館無料。企画展は一般210円、大高生100円、小中学生50円。原則月曜と祝日の翌日、毎月末日は休館。開館9〜17時。(電)0283・22・5111

 

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