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【親子でぶらり 学べるスポット】

喜連川公方資料館(栃木県さくら市) 元町助役宅の書斎で開館

軽部さん宅の書斎が資料館に。軽部郷男館長(右)と植木広美事務局長(左)=いずれも栃木県さくら市で

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 喜連(きつれ)川を取り上げた前回(7月25日)だけでは紙幅が乏しかった。もう1回お送りする。

 明治の世を迎えた時、喜連川公方家の当主は水戸徳川家から養子入りした縄氏(つなうじ)(12代)で、足利に復姓した。次いで一族の高家・宮原家から入った聡氏(さとうじ)(13代)。聡氏隠居後は縄氏の実子於菟丸(おとまる)(14代)が継いだ。その長男惇氏(あつうじ)(15代)は古代ペルシャ・インド学の碩学(せきがく)で京大教授や東海大学長などを務めた。惇氏に子はなく、弟宣麿(のぶまろ)の長男が跡を継いだ。現当主の16代浩平さん(68)だ。

 大抵の大名家のように喜連川公方についても資料館はある。が、大きな農家の庭先に立つといった風情。しかも陣屋があった市街地から北西に約6キロ離れている。門扉のそばに「喜連川公方資料館 足利惇氏記念館」と記した小ぶりの看板。館長は旧喜連川町の元助役で、その後同町議、さらに合併後のさくら市議を務めた軽部郷男さん(78)。名刺には「日本一小さな大大名喜連川公方 足利氏末裔(まつえい)の郷」とも刷り込まれている。

軽部館長が自宅にいるときは開館している

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 惇氏は東海大に邸宅を寄贈すると言い残して死去した(1983年)。文物はといえば「浩平さん宅は手狭で入らない。東海大関連の史資料は大学側が引き取り、その他の多くは収蔵先のめどが立たなかった」(軽部館長)という。資料館の建設構想は何度か浮かんだが、ついに実現せず。結局、文化行政と縁がある社会教育課長など要職を務めた軽部さんが自ら引き受ける。自邸にある別棟の書斎(2階建て)の内部を改装した。

 長年月を要したが、資料館は2016年夏に開館。軽部館長は「私がいる時はオープンだ。臨時休館もあるが、いつかは分からない。開館時間も特別決まっていない」。 (小鷲正勝)

◆ひとこと

「喜連川公方家に関する調査研究はまだ不十分。古河公方、さらには鎌倉公方にもさかのぼって研究を充実させたい」と資料館事務局長の植木広美さん(67)が意気込む。

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 ★メモ 栃木県さくら市鷲宿1350の2。JR東北線片岡駅から徒歩約40分。喜連川公方家に伝わる文書や絵画、茶器などを展示。足利惇氏の足跡をたどるパネル・写真のほか、ペルシャの銀器や陶器などの美術品も。観覧無料。休館日は不定期なので、観覧希望者はあらかじめ電話で確認を。(電)028・686・3171

●足を延ばせば…

 ★さくら市ミュージアム−荒井寛方記念館− さくら市氏家1297。JR氏家駅から徒歩約15分。旧氏家町出身で仏画家として、日印文化交流に貢献した寛方の作品や資料を展示する。最初の妻が喜連川出身だった縁で野口雨情のコーナーも。2017年に開催された「喜連川のお殿さま」展では喜連川公方資料館も展示品などで協力。開館9〜17時。原則月曜と第3火曜は休館。入館料一般300円、高校・大学生200円、小・中学生100円。(電)028・682・7123

 ★氏家ゆうゆうパーク(鬼怒川河川公園) さくら市氏家1317。JR氏家駅から徒歩約20分。河川敷を利用し、芝生広場や大池などを整備。日光連山や那須連山を背景に、水と触れ合える。周辺には桜づつみや勝山城跡なども。

 

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