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【親子でぶらり 学べるスポット】

山廬(山梨県笛吹市) 甲斐にたたずむ蛇笏、龍太の居宅

樹齢400年という赤松の緑と屋根の焦げ茶のコントラストが美しい山廬。後山も含め敷地は3300坪=いずれも山梨県笛吹市で

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 俳句結社「雲母(うんも)」を主宰、大正昭和の俳壇に君臨した飯田蛇笏(だこつ)(1885〜1962年)、その四男で雲母を継承した目利きの龍太(1920〜2007年)。“俳句の鬼”の父子が暮らした家を「山廬(さんろ)」と呼ぶ。山の粗末な庵(いおり)という意味だが、蛇笏の俳号でもあった。今も多くの俳人が聖地と仰ぐ場所だ。

 龍太没後、龍太の長男で現当主の秀實(ひでみ)さん(67)の元に「山廬を見学したい」という声が寄せられたというが、当時は家族の生活の場でもあり難しかった。

奥座敷に置かれた蛇笏の句屏風(左)と龍太の句屏風を紹介する龍太の長男・秀實さん

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 2014年に山廬の維持保全や蛇笏、龍太の資料収集を目的に一般社団法人「山廬文化振興会」が設立。17年には蛇笏が若い頃から句会を開き、歌人若山牧水らも滞在した山廬隣の蔵「俳諧堂」が復元され、1階は展示場に、2階は句会場として利用できるようになった。現在は月に2、3日の一般公開と、予約制で秀實さんが敷地内を案内する特別公開も行っている。

 山廬玄関には龍太と渓流釣りの趣味が同じで親しかった作家井伏鱒二筆の「飯田龍太」の表札が掛かる。囲炉裏(いろり)のある書斎には当時のままに机が置かれている。奥座敷には蛇笏、龍太自筆の句が貼られた屏風(びょうぶ)も。裏山は「後山(ござん)」と呼ばれる小高い丘で、南アルプスなどの山々を見渡せる。

 龍太は1992年、結社誌「雲母」を900号で終刊、以後亡くなるまで15年間、自分の句を一切発表しなかった。「父は緊張感から解放されてのんびりと生活していました」と秀實さんは振り返る。

 最近は民放テレビ番組で俳句が取り上げられ、一般の関心も高まっている。「敷居が少し低くなってきた感じがします。蛇笏、龍太の名前を知らない人も多いので、これを機に知っていただければ。山廬見学で俳句の魅力に触れてほしい」 (藤英樹)

◆ひとこと

 俳号や風貌から近寄りがたい印象もある蛇笏だが、孫の秀實さんにはやさしかったという。温厚な印象の父・龍太にはやんちゃをしてよく怒られたそうだ。

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 ★メモ 山梨県笛吹市境川町小黒坂270。東京・新宿駅から石和温泉駅まで中央線特急で1時間半、同駅から山廬までタクシーで20分。車は中央自動車道笛吹八代スマートICから10分。一般公開日は山廬文化振興会HPで確認を。特別公開の予約は(電)055・234・5123で。見学料は1人1500円、当主案内料は1組20人まで1万円。

●足を延ばせば…

 ★山梨県立文学館 飯田蛇笏・飯田龍太記念室 甲府市貢川1の5の35。2010年に常設展示室が開設。2人の貴重な遺品の多くが山廬から同館に寄贈・寄託された。自筆句掛け軸や原稿、蛇笏、龍太2代にわたり使われた雨畑硯(すずり)、龍太愛用のカメラやパナマ帽なども。蛇笏が師事した高浜虚子筆の「山廬」と書かれた扁額(へんがく)も本物は同館に。複製が同館と俳諧堂に。観覧料一般330円、大学生220円。高校生以下や65歳以上無料。原則月曜休館。(電)055・235・8080

 ★蛇笏、龍太文学碑 文学館に隣接する芸術の森公園内に蛇笏の代表句<芋の露連山影を正うす>と龍太の代表句<水澄みて四方に関ある甲斐の国>を刻んだ碑が立つ。蛇笏は生前、自句の碑建立を厳しく禁じたことで知られる。

 

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