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【親子でぶらり 学べるスポット】

田島弥平旧宅(群馬県伊勢崎市) 蚕室にやぐら 世界遺産の家屋

田島弥平が自ら養蚕農家のモデルとすべく建築した

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 群馬県の世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」のひとつに「田島弥平旧宅」(伊勢崎市)がある。田島弥平(1822〜98)は上野国(こうずけのくに)島村(現同市境島村)の出身。蚕種(さんしゅ)、つまり蚕の卵をつくる事業を手掛け、蚕種業では日本初の株式会社「島村勧業会社」を設立(72年)。横浜での貿易のほか、イタリアなどに赴き直輸出(じきゆしゅつ)も。ミラノでは微粒子病検査のために顕微鏡7台を購入。海外の技術を島村に持ち帰った。また「養蚕新論」「続養蚕新論」を著し、養蚕技術の普及に貢献した。

 旧宅は養蚕農家のために弥平が考案して63年に建てた。1階が住居で2階が蚕室。その上に「やぐら」(幅1・8メートル、高さ2メートル)が載り、引き戸や窓の開閉で蚕室内の環境が調整できる。弥平の子孫がいまなお居住しており、世界遺産登録時にはその点でも話題を呼んだ。通常見学範囲は庭までで、建物は外から眺めるほかない。内部には原則入れないのだが、第3日曜日に主屋1階の「上段の間」(10畳)を特別公開している。これがただの客間ではない。伊勢崎市文化財保護課の女屋(おなや)慎介主任(27)が説明する。

 「利根川はしばしば洪水を起こしていたので、この壁が取り外せるようになっていました」。座敷より一段高くなった所の背面は襖(ふすま)仕立てで脱着が可能。東側から家屋に襲いかかる大水を西側から逃がし、ダメージを減らす工夫だ。もっと見たくはあるが、旧宅はここまで。弥平が造った家屋がモデルとなり、近隣にも同様の家屋が多数建てられた。近くの「進成館」(田島善一家)でやはり第3日曜日に2階の蚕室が見学でき、やぐらにも上れる。大事に育まれた蚕が日本の近代化に寄与したことに思いを馳(は)せた。 (小鷲正勝)

「上段の間」では畳を上げると炉を覆う炉ぶたが4枚(松の板)はめられていた。奥は洪水時に外される壁

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◆ひとこと

 「この辺のたねや(蚕種農家)は事業記録とともに皇室御養蚕奉仕の日記や数々の下賜品、文人の絵画を所蔵している」と島村蚕のふるさと会の小暮通佳(みちよし)さん(68)。

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 ★メモ 群馬県伊勢崎市境島村甲2243。東武伊勢崎線境町駅、またはJR高崎線岡部駅からいずれもタクシーで15分。見学は9〜16時。入場無料。(電)0270・61・5924田島弥平旧宅案内所

●足を延ばせば…

 ★渋沢栄一生家(旧渋沢邸「中の家(なかんち)」) 埼玉県深谷市血洗島247の1。JR深谷駅からタクシーで20分。近代日本経済の父といわれる栄一の生誕地。妹夫妻が1895年に建てた家屋が立つ。栄一が帰郷した際に利用した部屋などが見学できる。入館無料。開館9〜17時。年末年始休館。(電)048・587・1100渋沢栄一記念館

 ★尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)生家 埼玉県深谷市下手計236。JR深谷駅からタクシーで20分。富岡製糸場の初代場長を務めた尾高の生家。渋沢栄一はいとこで、ここで惇忠から論語を学んだ。妹のちよは栄一の妻。惇忠や栄一が若き日、尊王攘夷思想に共鳴して高崎城乗っ取りを謀議したと伝わる部屋が2階にある。開館9〜17時。入館無料。年末年始休館。(電)048・587・1100同

 

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