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【国際】

裸のモナリザ「モナバンナ」 ダビンチの真筆濃厚 没後500年で分析

フランス・パリ郊外のシャンティイで、「裸のモナリザ」について解説するマチュー・デルディクさん

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 世界で最も有名な絵画、レオナルド・ダビンチの「モナリザ」に似た裸婦画「モナバンナ」を知っているだろうか。今年、ダビンチの没後五百年を迎えるのを機に、所蔵するフランス・パリ近郊のコンデ美術館が専門家に依頼して分析したところ、本人の手による可能性が極めて高いと分かった。この絵が元になった可能性がある類似の絵画も世界中にあり、その多くが集まった特別展が六月から同館で開かれる。

 (パリ支局・竹田佳彦、写真も)

 体を右に向け、軽く両腕を交差させた構図は、仏ルーブル美術館所蔵の名画「モナリザ」そっくり。口元には、謎めいたほほ笑みもたたえている。大きさはほぼ同じで、縦七四・八センチ、横五六センチ。ただ、油彩画ではなく木炭画で、モデルも別人だ。ボッティチェリの名画「ビーナスの誕生」のビーナスのモデルと同じ女性シモネッタ・ベスプッチとみられている。

レオナルド・ダビンチの「モナリザ」=AP・共同

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 今回調査された「裸のモナリザ」とも呼ばれるモナバンナは、一五〇三〜〇六年ごろに制作したとされるモナリザの後、一〇年頃に描かれたとみられる。一八六二年に仏王族のオマール公アンリ・ドルレアンがイタリアの著名コレクターから購入、後に仏学士院へ寄付した。一九九〇年代と二〇一四年に公開されたが、普段はパリ北部の集落シャンティイのコンデ美術館で厳重に保管されている。

 同館学芸員のマチュー・デルディクさんによると、十九世紀まではダビンチの工房が制作したというだけで、本人の手によるかは不明だった。「二十世紀になり、工房の別人による制作との見方が出てきた」ため、論争が続いていた。

 同館は、ダビンチ没後五百年の今年に開催する特別展の前に、長年の懸案に決着をつけようと決断。ルーブル美術館系列のフランス美術館修復研究センター(C2RMF)に依頼し、一七年八月から分析を進めていた。

 赤外線や紫外線カメラなどを使って数カ月間をかけて調べた結果、絵は左上から右下に向けて描かれたことが判明。「明らかに左利きの画家による作品」と、分析に当たったC2RMFの責任者ブルーノ・モッタンさんは指摘する。

 ダビンチは左利きとされ、一五〇八〜一〇年ごろの作品と線の描き方が酷似していることも分かった。本人特有のぼやかした輪郭線もあった。「工房には左利きの弟子が一人いたが、画風が異なる」とモッタンさんは分析する。デルディクさんも「絶対にダビンチ本人の作品だとは断言できないが、可能性は極めて高い」と強調した。

 分析では、腕や手の位置など体の一部はモナリザとほぼ一致することも明らかになった。分析に当たった研究者らは、鑑賞者の心に訴えかけるモナリザの構図を、再び用いた可能性があるとみている。

右手人さし指を描き直したあとが分かる「裸のモナリザ」

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 絵の右手人さし指に描き直した跡が見つかったことから、模写などではなく、修正を重ねたオリジナルの作品であると考えられる。さらに、体に沿って他のカンバスへコピーするために開けたと見られる穴の痕跡も発見された。類似の裸婦画は世界で十点ほど知られており、このうち数点の原画である可能性がある。

 コンデ美術館は今年六月一日から十月六日まで、イタリア・フィレンツェ郊外のレオナルド・ダビンチ理想博物館やロシア・サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館など世界中にある「裸のモナリザ」八点を集めて展示会を開く。

<レオナルド・ダビンチ> (1452−1519)イタリアのルネサンス期を代表する芸術家。伊中部フィレンツェ郊外のビンチ村出身。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁画「最後の晩餐(ばんさん)」や肖像画「モナリザ」など数々の名画を手掛けた。戦車やヘリコプターの概念を発明し、解剖学や光学にも通じるなど万能の天才として知られる。1516年、フランス王フランソワ1世の招きで仏中部トゥール近郊のクロ・リュセ城へ移り、晩年を過ごした。

 

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