東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 国際 > 紙面から > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【国際】

「非核化判断正しかった」 ウクライナ、廃棄から25年

ウクライナ・キエフで、核兵器廃棄の判断について語るビクトル・バリヤフタル元科学アカデミー副総裁=栗田晃撮影

写真

 二〇二〇年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた最終準備委員会が、米ニューヨークの国連本部で十日まで開かれている。保持したら捨てられない「悪魔の兵器」と呼ばれる核兵器削減は世界の難題だが、手放した数少ない国の一つが旧ソ連の東欧ウクライナだ。ロシアによるクリミア半島併合を許したことで、二十五年前の核廃棄の決断に否定的な声も上がるが、広島訪問の経験を基に非核化を推進した当時の担当者は「核戦争回避を目指したことに間違いはなかった」と話す。 (ウクライナの首都キエフで、栗田晃)

 一九九一年末のソ連崩壊は、独立した国々に核兵器を分散させた。約千五百発の戦略核弾頭などが残されたウクライナは、米国、ロシアに続く世界三位の核大国に押し出された。米ロの核放棄の圧力に対し、ウクライナ国内の議論は紛糾。ロシアの干渉から独立を守るため、保持すべきだとの主張もあったからだ。

 「核兵器の管理はソ連中枢で行われていた。われわれには維持するための技術がなかった」。当時、軍事研究の責任者の立場から、核保有に反対したビクトル・バリヤフタル元ウクライナ科学アカデミー副総裁(88)は振り返る。

 核兵器を保有する限り、米ロの経済援助を得られない事情もあり、ウクライナは結局、非核化を決断。九四年一月、NPT加盟とすべての核弾頭のロシア移送で、米ロ両国と合意した。同年十二月には核廃棄と引き換えに、米ロ英三カ国がウクライナの独立と領土保全を約束する「ブダペスト覚書」に署名した。

 二十年後、核廃棄の判断に疑問符がつく事態が起こる。ウクライナで起きた政変をきっかけに、ロシアは二〇一四年三月、クリミア半島に軍を投入して併合し、覚書をほごに。覚書を調印したクチマ元大統領も「確実な安全保障なしに、核兵器を放棄したのは大きな間違いだった」と認めた。

 だが、バリヤフタル氏は「核兵器があれば、という発想は同意できない」と否定的だ。一九七〇年代に広島の原爆資料館を訪れ、被爆者の話を聞き、非人道的な兵器の恐ろしさを知った。「ロシアと核兵器で張り合えば、国が壊滅しかねなかった」と指摘する。

 核の誘惑にかられる指導者は絶えない。北朝鮮は自国の体制を守ろうと非核化に抵抗し、世界を脅威にさらす。米トランプ政権は中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄をロシアに通知して、核軍拡競争の懸念を高め、来年で発効から五十年を迎えるNPT体制は揺らぐ。バリヤフタル氏は「核兵器の拡散が、実際に使用される危険性を高めるのは明らかだ。模範を示すべき米ロがまず、軍縮合意に踏み切るべきだ」と大国の努力を求める。 

写真
 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報