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【国際】

<独立国「ワ」 ミャンマーの矛盾>(中)兵役の影、薬物製造疑い 「スー・チー?よく知らない」

ミャンマー東部ワ自治管区で4月15日、和平30周年を祝い、民族衣装の人たちと踊る若い女性兵士

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 百卓以上のテーブルごとに大きなロブスター。肉や魚、酒もたっぷりある。

 四月中旬、ミャンマー東部シャン州ワ自治管区の中心都市パンサン。少数民族ワの武装勢力「ワ州連合軍」(UWSA)と政府の個別和平三十周年を祝う式典は三日間続き、参加者や来賓に豪勢な食事が振る舞われた。

 軍事パレードが開かれた競技場のそばでたたずむ男性兵士(56)がいた。UWSAの前身のビルマ共産党時代、十四歳で徴兵され、政府との内戦に身を投じた。一九八九年の同党崩壊後も他の武装勢力との戦闘に参加した。「背中を二度、ひざを一度撃たれた。失った友人は数え切れない」。傷痕を見せ、つぶやいた。

 祝賀ムードの裏に暗い歴史と住民の負担が浮かぶ。

 私立小学校の教諭サイ・アウンさん(32)も十五歳から三年間徴兵された。兄弟五人のうち二人は兵役に就くよう求められたという。

 ワ自治管区は麻薬密造地帯「ゴールデン・トライアングル」に当たる。サイさんの両親もアヘンの材料になるケシを栽培していた。「仲介人に買いたたかれ、貧しかった」と振り返る。

 アヘン取引はUWSAを強大にし、一部幹部を潤す一方、国際的非難を浴びた。リーダーのパオ・ユーチャン氏は式典の演説で「最も誇らしい成果の一つ」として、ケシ栽培の排除を挙げる。確かに、国連薬物犯罪事務所(UNODC)の調査によると、二〇〇〇年代以降、ケシ栽培は激減したが、薬物とのつながりの疑いは消えていない。

 シンクタンク「国際危機グループ」は一月の報告書で、一九九〇年代末以降、UWSAの支配地でアヘンに代わり、中国からの化学原料による覚醒剤製造が活発化したと指摘する。

ミャンマー東部パンサンで4月16日、ひざを撃たれた経験を話す男性兵士

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 式典会場には軍服姿の若者が目立つ。女性も多い。

 その一人レ・アン・アンさん(23)は「農業をしている親を楽にするため約十年前に入隊した」と語る。UWSAでは衣食住が保障され、金銭支援とある程度の教育を受けられるという。

 ワ自治管区では高等教育が整備されていない。中国の高校に行くケースもあるが、裕福な家庭に限られる。低所得層が兵力を支えている実態が透けて見える。

 国軍の統治が続いたミャンマーでは、二〇一五年の総選挙でアウン・サン・スー・チー国家顧問が率いる国民民主連盟が勝利し、半世紀ぶりの文民政権が成立した。だがワ自治管区では大半で、安全上の理由から選挙は中止。民主化の流れから外れ、事実上、UWSAの政治部門「ワ州連合党」の一党支配下にある。

 スー・チー氏をどう思うか。警察官のアチョーンさん(32)は質問に困惑した。「名前は聞いたことがあるが、よく知らない」 (シャン州で、北川成史、写真も)

<ゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)> ミャンマー、タイ、ラオスの三国が接する山岳地帯。紛争や貧困を背景に、アヘンやヘロインの原料となるケシ栽培が住民の大きな収入源になってきた。治安当局の摘発強化や国連機関によるコーヒー農園への転換など、麻薬密造地帯からの脱却の取り組みも進められている。

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