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【国際】

<代償 中東平和の行方>ガザの少女(上) 米大使館移転、悲劇招く

抗議デモで死亡したウィサルさんの掲示板の横に座る、母リン・アルマーナさん。身に着けていたパレスチナ旗には血痕が残っていた

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 米国が在イスラエル大使館をエルサレムに移転し、反発したパレスチナ自治区ガザでの抗議デモで六十人超が死亡する惨劇から十四日で一年。米国は近く、独自の中東和平案を公表する見通しだ。国際協調を無視してイスラエルに肩入れするトランプ米大統領と、それを享受するイスラエルがもたらす「代償」を現地で追った。 (ガザで、奥田哲平、写真も)

 四月初旬、パレスチナ自治区ガザのマンションに、リン・アルマーナさん(43)の一家が入居した。クウェートの支援で昨年建設された六階建て。真っ白い壁と近代的な台所のある3LDKは、一家六人が一部屋で暮らした以前の借家とは比べものにならない。だが、アルマーナさんの表情は、あの日から沈んだままだ。

 この新居はいわば、娘の命の対価だ。昨年五月十四日、末娘ウィサルさんが十四歳で亡くなった。トランプ米政権が在イスラエル大使館をエルサレムに移転したことに抗議するデモに弟と参加。アルマーナさんは「危険な場所に近づかないなら」と許したが、実際はイスラエル境界フェンスに接近し、右側頭部を撃ち抜かれた。

 昨年の大使館移転はイスラエル建国七十年の節目に設定されたが、パレスチナの人々にとっては故郷を追われて難民化した「ナクバ(大惨事)」。四万人の民衆が境界沿いに押し寄せ、六十人超が死亡し、二千人以上が負傷した。二〇一四年夏にガザで起きた大規模衝突以来、一日の死者数として最悪となった悲劇は、起こるべくして起きた。

 〇七年以来、イスラム主義組織ハマスが実効支配し、イスラエルに経済封鎖されるガザ。失業率は五割に上り、電力不足で下水処理場が機能せず汚水が海に垂れ流される。米国は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を停止し、しわ寄せは人口二百万人の三分の二が難民のガザに集中する。

 ハマスは国際社会の耳目を集めるため、昨年三月から難民帰還を訴えるデモを続けた。急速に傾倒したウィサルさんは次第に「ここより天国の方がいい。もっと広い家に住まわせてあげる」と母に言うようになった。イスラム教の教えでは、ジハード(聖戦)で死んだ「殉教者」は天国に行ける。実際には犠牲者の家族に新居が与えられた。

 一方、ウィサルさんが亡くなった日を境に、デモ参加をやめた若者もいる。アンワールさん(27)は「ハマスが若者の血を交渉材料に使っているだけと分かった」。大学卒業から五年、まともな仕事は見つからない。財政難のハマスは三月から輸入品への税金を引き上げ、食料品が倍以上に値上がりした。

 アンワールさんら若者はフェイスブックで呼び掛け、三月中旬に生活改善を求める街頭活動を始めた。すると、ハマスは参加者を殴打し、催涙弾を使って弾圧。約三千五百人が一時拘束された。アンワールさんは「若者を反イスラエルのデモに駆り立てるのに、われわれのデモは許さないのか」と憤る。

 ハマスの治安部隊から身を隠すアンワールさんは、ガザを脱出し、兄の住むウクライナに渡るつもりだ。「仕事を見つけ、普通に暮らしたいだけ」。平凡な願いさえかなえられない失望と孤立感。若者の流出が続けば、ガザに未来はない。

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