東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 国際 > 紙面から > 5月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【国際】

<代償 中東平和の行方>ゴラン高原(中) 揺れるシリア系住民

シリアとゴラン高原境界の町マジュダルシャムスで、フェンスの向こうにあるシリア政権軍の施設を指さすアブジャバルさん

写真

 ブドウ畑が広がり、渓流が新緑に映える。エルサレムから車で三時間ほど、イスラエルが一九六七年の第三次中東戦争でシリアから奪った丘陵地ゴラン高原は四月、観光客であふれていた。今も残る地雷の標識がなければ、係争地であることを忘れそうだ。

 「静かで子育てがしやすい。軍が駐留しているので心配ないわ」。バディア・ゴツリンさん(33)は七年前にイスラエル西部の商業都市テルアビブから、子ども三人と移住した。土地は無償提供され、住宅建設費の補助も受けた。占領から半世紀。ユダヤ人入植地が三十カ所以上設置され、二万二千人余りが暮らす。

 イスラエルは二〇四八年までに二十五万人に入植者を増やす計画を立て、ゴツリンさんの自宅裏には新たな住宅建設が進む。「これからはゴラン高原産のワインや果物の輸入ボイコットが解除され、人口も増えるはず」。ためらいがない言葉の裏には、トランプ米政権が「ゴラン高原はイスラエルの主権下にある」と承認した三月の宣言がある。

 香川県とほぼ同じ広さのゴラン高原は、シリアの首都ダマスカスまで六十キロの軍事的な要衝。一九八一年にイスラエルが一方的に併合を宣言したのに対し、国際社会は一切認めてこなかった。米国の主権承認は、武力による領土取得を追認し、国連安全保障理事会の決議に反する。

 トランプ大統領が意識していたかは不明だが、ネタニヤフ首相をホワイトハウスに招いて宣言書に署名した三月二十五日は、三十七年前に併合に反発したシリア系住民が「ゴラン高原はシリアの土地だ」と宣言したのと同じ日だった。

写真

 シリアとフェンスで隔てられる占領下の町マジュダルシャムスに暮らすファンディ・アブジャバルさん(73)は「土地と水を奪われた私たちの気持ちは、あの差別主義者のトランプには分からないだろう」と憤る。親類同士が引き裂かれ、八九年に四歳だった息子も地雷で失った。郷愁の思いは強い。

 その一方、占領の固定化と二〇一一年から続くシリア内戦が、二万三千人の住民の結束に微妙な影を落とす。若者は親アサド政権派と反体制派に割れ、何度も小競り合いが起きたという。地元人権団体によると、住民の二割がイスラエルの市民権を保有している。

 雑貨店で働いていた高校生アラーさん(17)は「米国の宣言に驚きはない。戦争中のシリアに戻ってどうなるの。安全に暮らせる今のままがいい」と冷めている。市民権があれば、イスラエルのパスポートが取得できる。アラーさんは今夏、初の海外旅行を計画中だ。

 「シリア人」としてのアイデンティティーが揺れる中、イスラエル政府は昨年十月、ゴラン高原で初の統一地方選を強行した。「住民の分断によって、『イスラエル化』が進む恐れがある」。アブジャバルさんの懸念は強まるばかりだ。  (ゴラン高原で、奥田哲平、写真も)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報