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【国際】

隆盛の息子・菊次郎 没後90年 日台結ぶ西郷の縁

菊次郎逝去90年記念展示会であいさつをする孫の西郷隆文さん

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 西郷隆盛の長子、西郷菊次郎の没後90年を契機に菊次郎が日本統治時代の台湾で庁長(県知事)を務めた東部の宜蘭(ぎらん)県と鹿児島県などとの日台交流が広がっている。台北でも22日から菊次郎の孫で陶芸家の西郷隆文さん(72)らが陶芸展を開く。これに先立ち19日まで宜蘭市でも展示会を開催し、多くの市民が訪れた。市は菊次郎の功績も紹介した宜蘭ゆかりの偉人伝「先賢蘭城」を出版し、隆文さんらに贈呈した。 (台湾・宜蘭市で、迫田勝敏、写真も)

 菊次郎は西郷隆盛が奄美大島に流された時、現地の愛加那との間に生まれた長子。西南戦争で被弾、右足を切断し、義足となった。一八九五(明治二十八)年、台湾総督府に勤務。三十六歳になった九七年から宜蘭庁の初代庁長となる。一九〇二年までの在任中、洪水の絶えない宜蘭川に堤防を建設。先住民たちと対話し、職を与えて反乱を収め、妻の友人を招いて幼児教育の先駆けとするなど宜蘭を発展させた。

宜蘭市発行の偉人紹介の本に掲載された西郷菊次郎の部分

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 没後九十年となった昨年から宜蘭、鹿児島などで記念行事が始まり、今回の陶芸展もその一つ。隆文さんは何度も宜蘭を訪問しているが、陶芸展開催は初めて。先賢蘭城を贈られ「宜蘭の人たちはいつも温かく受け入れてくれる」と、笑顔を見せた。宜蘭市では日台シンポジウムも開かれ、出席した菊次郎のひ孫、諫山尚子さんが菊次郎愛用の掛け時計を宜蘭市に寄贈した。

 市はその掛け時計を「宜蘭設治記念館」に飾る。記念館は菊次郎が設計した和洋折衷の庁長官舎で、戦後も宜蘭庁長(知事)の官邸として使われ、九七年、記念館に生まれ変わった。今では宜蘭市の観光スポットになっている。また、菊次郎が建設した堤防は「西郷堤」と呼ばれ、地元住民らが川岸に記念碑を建立し、五年前、公園風に整備されている。

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 昨年八月には、西郷隆盛が流された奄美大島の龍郷町で、宜蘭市と菊次郎と縁がある京都市、熊本県菊池市、鹿児島県さつま町、同県龍郷町が「西郷菊次郎翁を縁とした交流宣言」に署名し、今後も交流を深めることを決めた。

 宜蘭県は実は菊次郎だけでなく、西郷隆盛とも縁があるとする説がある。隆盛が幕末、島津斉彬の密命を帯び、台湾を探訪、宜蘭県に上陸し、現地の娘との間に男児が生まれたというものだ。宜蘭の地方史に詳しく、今春の叙勲で旭日双光章を受章した李英茂さんは「それほど日台関係は深いんです。いくつか証拠はあるけど、日本は認めないでしょうね」と笑った。

 

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