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【国際】

シリア内戦「英雄」GKの死 サッカー代表から反体制派戦闘員に

6月9日、シリア・イドリブ県で、サルートさんの葬儀に集まった人たち=AP

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 2011年から続くシリア内戦で先月8日、ひとりの反体制派戦闘員が戦死し、衆目を集めた。中部ホムス出身のアブデルバセット・サルートさん=当時(27)。サッカーの20歳以下シリア代表ゴールキーパーだった。平和裏に行われた民主化デモに参加し、「革命のキーパー」と慕われたサルートさんは、武器を手にして内戦に身を投じた。「故郷に帰る」という願いはかなえられなかった。 (カイロ・奥田哲平)

◆人気

 サッカー選手として将来を期待されたサルートさんの名を一躍有名にしたのは、一一年三月に始まったアサド政権打倒を目指す民主化運動だった。ホムス中心部に集まった熱気にあふれる民衆の中心で、治安部隊のデモ弾圧に抗議し、「兵士の心は石になった」とオリジナルの詩を歌い上げ、人気を集めた。

 ホムスは、首都ダマスカスと北部の商業都市アレッポの中間にある重要都市。連日続くデモに対し、アサド政権軍は徹底的な掃討作戦を実施し、一二年ごろに反体制派を包囲。立てこもったサルートさんは出身地区の名を冠した「バヤダ殉教者旅団」を率いた。

 その姿を追ったシリア人映画監督タラール・デルキ氏の「それでも僕は帰る〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと〜」は、一四年の米サンダンス映画祭でワールドシネマ・ドキュメンタリー部門で最優秀賞を受賞した。

◆IS

 「サッカーをやめ、革命に参加したことは後悔していない」「世界一のキーパーになるより、ホムスで戦った日々の方が大切だ」。友人ターメル・トルクマニさん(29)が、サルートさんの生前の言葉を振り返る。サルートさんの父や兄弟四人も、政権軍による空爆などで亡くなった。

 ホムスが一四年にアサド政権軍に制圧されると、サルートさんらは北西部イドリブ県に撤退。反体制派「自由シリア軍」(FSA)系列メディアの記者ハリル・ユニスさん(28)によれば、撤退したイドリブ県で、有名なサルートさんはすぐにFSA傘下武装組織「ジャイシュ・アル・イザ」の指揮官の一人に就いた。

 反体制派の「英雄」は、それ以外の人たちにはテロリストに映る。ホムス包囲戦で劣勢に追い込まれたサルートさんは、当時台頭しつつあった過激派組織「イスラム国」(IS)との共闘を宣言。トルクマニさんは「ホムスを脱出するためにISに協力しただけ」とかばう。後にサルートさん本人がISへの忠誠を否定すると、政権軍とISそれぞれから狙われた。

◆利用

 反体制派の「最後のとりで」となったイドリブ県では、昨年十月に反体制派を支援するトルコとアサド政権軍を支援するロシアが非武装地帯(DMZ)の設置で合意し、戦闘は一時収束した。だが、シリア内戦の軍事的優位を固めた政権軍とロシア軍は四月から空爆を再開した。

 「いつの日か、アサド政権を倒すために国民が団結してほしい」。そう語っていたサルートさんの部隊は隣接するハマ県の最前線で戦っていた。先月六日、迫撃砲が直撃して負傷し、搬送先のトルコの病院で亡くなった。「これは神のためだ」が最後の言葉。遺体は九日にシリアに戻り、数千人が葬儀に参列した。

 所属していた「ジャイシュ・アル・イザ」はすぐに「サルート部隊」を結成。その死を悼む五百人以上の若者が義勇兵に応募しているという。「彼の死は、革命に新たな力を吹き込む」と力を込めるトルクマニさん。四十万人近くが死亡した泥沼の内戦で、反体制派の英雄の死は今後も利用され続けるのだろう。

◆代表選手は「裏切り者」

 国家を分断した内戦は、サッカーのシリア代表の運命も翻弄(ほんろう)している。代表キャプテンのフィラース・ハティーブ選手(36)はサルートさんと同じホムス出身。クウェートでプレーしていた一二年、反体制派の集会で「国民を殺す政府の下ではプレーしない」と代表ボイコットを表明した。

 だが、昨年六月のロシア・ワールドカップ(W杯)の予選が開かれた一七年に代表に復帰。「政治とスポーツは分ける」としてアサド大統領とも面会した。FWオマル・スーマ選手(30)も同じ時期に復帰。何らかの圧力があったのかどうかは不明だ。サッカー連盟会長を務める元軍高官は当時、「本人が戻りたいというから受け入れた」と語ったという。

 シリア代表はW杯予選で快進撃を続けたが、悲願の初出場まであと一歩のプレーオフで惜しくも敗れた。反体制派にとってサルートさんが「英雄」なら、ハティーブ選手らは「裏切り者」。代表チームを国民全員が応援できる日は遠い。

今年3月にトルコ国境からシリアに戻るサルートさん(左)。トルクマニさん(右)に「死んだときのために」と言って撮影を頼んだという=トルクマニさん提供

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