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【国際】

李鵬元中国首相 死去 天安門事件 運動を弾圧

1989年9月、北京の人民大会堂で演説する李鵬首相、右は江沢民総書記=共同

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 【北京=安藤淳】中国首相と全国人民代表大会常務委員長(国会議長に相当)を務めた李鵬(りほう)氏が二十二日夜、病気のため北京で死去した。国営新華社通信が二十三日に伝えた。九十歳。一九八九年の天安門事件時の首相で、戒厳令を布告するなど民主化運動弾圧を主導したとされ、共産党保守派の代表格でもあった。

 李氏は上海生まれ。三歳の時、共産党員の父が国民党に処刑され、「革命烈士」の遺児として周恩来(しゅうおんらい)元首相らに育てられた。四八年から五五年までソ連のモスクワ動力大学に留学し、水力発電を学んだ。

 電力工業相、副首相などを経て八八年に首相に就任した。学生らが民主化を要求した天安門事件では一貫して強硬策を主張。流血の惨事を引き起こした。新華社通信は李氏の対応について「断固とした措置で動乱を制止し、反革命暴乱を鎮めた。党と国の命運がかかる重大な闘争で重要な役割を果たした」と評価した。

 九四年には環境破壊が懸念された世界最大級の長江の三峡ダム事業を強行。身内に電力会社関係者が多いため、批判を浴びた。

 首相を二期十年務めた後、九八年に全人代常務委員長に転出。その時の反対・棄権票が有効投票数の11%と異例に多かったのは天安門事件などの影響とされる。日中国交正常化三十周年の二〇〇二年に来日し、当時の天皇陛下と会談した。長男の李小鵬(りしょうほう)氏は中央委員で、山西省長から交通運輸相に就任した。 

 

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