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【国際】

<最貧国に生きる ニジェールの現場から>(上) 物乞い 砂漠越え 3000キロ

「物乞いなどしたくなかった」と話すウゼイル・アブ

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◆15歳強制送還… 母「もう一度」

 ぎらつく太陽が、鍬(くわ)を持つヒジャブ(髪を覆うスカーフ)姿の女性たちに照り付ける。気温四〇度。砂の荒野に規則正しく並ぶ頼りなげな緑の葉を見て、それが畑だと気付いた。西アフリカ・ニジェール南部ザンデール州カンシェの農村。二〇一四年以降、アルジェリアから強制送還されたニジェール人は三万人を超え、75%がここの出身だ。

 十五歳の少年ウゼイル・アブは電気、水道、ガスのない、土壁の家々が迷路のように入り組む村に住む。学校には行かず、家の水くみや農作業を手伝う日々。一日一食あればいい方だ。

 一年前、母(40)からアルジェリアに行く隣人の男について行けと命じられた。切れ長の目に弧を描く長いまつげを伏せ、つぶやいた。「物乞いをするために行くことは知っていた」

 密入国業者のトラックでサハラ砂漠を越えた。灼熱(しゃくねつ)の昼と凍える夜に耐えながら、故郷から三千キロ離れた地中海沿いの街オランにたどり着いた。案内されたアラブ人の家の離れには男の子四人と女の子二人。みんな物乞いだった。

 「初めての日は恥ずかしかった」。ウゼイルは水をすくうように両の手のひらを合わせた。「朝五時のお祈りの後、毎日こうやって路上で誰彼かまわずに手を出した」。稼ぎは一日二千CFAフラン(約三百五十円)ほど。「仲間と殴り合いのけんかをし、アラブ人が仲間を犯すのも見た。でも、一度も帰ろうとは思わなかった」。毎日金を預けていた隣人の男が、母に送金していると信じていた。

 数カ月後、警察に捕まり強制送還された。母はウゼイルを叱り、もう一度行けと言った。金を持ち逃げした男とは連絡が取れていない。両親は借金してまで、ウゼイルの密入国費四万CFAフラン(約七千円)を捻出した。わが子に物乞いさせることに抵抗はないのか。母は毅然(きぜん)として答えた。「食べるためだ。他に思いつかない」

 「物乞いなどしたくなかった」と言うウゼイル。でも、母のことは大好きだという。砂漠を越えた時と同じTシャツ。彼はこの服しか持っていない。 

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◆死の砂漠行 置き去りに

ニジェール・カンシェで、砂漠で置き去りにされた体験を語るズーレー・ハブ=共同

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 西アフリカ・ニジェール南部カンシェの貧しい村の中でも、ズーレー・ハブ(30)は最底辺の存在だった。十五歳で結婚し八人産んだ。仕事は、余裕がある村人に代わって井戸から水を運び、臼で小麦をひく肉体労働で、日に二百五十CFAフラン(約四十五円)を得るのがやっと。家族を大事にする人との結婚を夢見ていたが、同い年の夫は何もしない男だった。

 四年前、二〜十歳の子ども四人を連れアルジェリアに渡った。「首都アルジェの郊外で、下の二人と一緒に物乞いをし、上の二人は、それぞれ少し離れた通りで物乞いをさせた」。十六カ月間で四万五千CFAフラン(約八千円)を得て一時帰郷。金はすぐに尽き、再びアルジェリアへ向かった。

 密入国業者のトラックで砂漠を走り始めて三日後、運転手らは突然、ズーレーら二十人の乗客を車から降ろし、食糧を奪い、水を砂の上にまき捨て、走り去った。「彼らは私たちを殺すつもりだ」と確信した。

 砂漠の真ん中で一日半。他の母親らが連れていた五、六歳の男児二人が死んだ。みなで穴を掘り、布で包んで埋め、簡略なイスラムの葬礼を挙げた。「死体を運ぶのは不可能だった。置いて行くしかなかった」

 全員が死を悟り、トラックのわだちを頼りに歩き始めた。「二歳の子を背負い、両手で二人の手を引き、一人は自力で歩いてついてきた」。猛烈な暑さの中、喉の渇きで泣きじゃくる子どもたちに、ズーレーは自分の尿を飲ませた。他の母親たちも、乗客に「どうか、子どもたちのために尿をください」と頼んで回った。一人また一人と脱落しても、ズーレーは歩いた。

 「疲れた。休みたい」という子どもたちに言い聞かせた。「見て、街はすぐそこ。歩いて。歩き続けて。私と一緒においで」。道すがら、砂から出た髪の毛や人骨を見た。半日後、ズーレーたちはアルジェリア人に助けられ、村へ戻った。

 「二度とアルジェリアには行くまい」と心に決めたズーレーに、夫と暮らしていた長男が告げた。「お母さんは苦労した。次は僕の番だ」

 三年前、アルジェリアに向かった長男は金を稼いで無事、戻った。だが、昨年末、二度目の密入国時に十四歳で命を落とした。知人からは「車が砂漠を猛スピードで走行中、何者かに撃たれた」と聞いた。真実は分からない。

 「長男は私の希望だった。村の誰からも愛され、感謝される子だった」。最底辺の暮らし、家族を顧みない夫、砂漠での必死の彷徨(ほうこう)。どんな絶望も気丈に話していたズーレーが泣いた。「あの子の遺体を返してほしい」 =敬称略

<ニジェールと移民> 人口約2000万人のうち95%がイスラム教徒。国土の8割がサハラ砂漠に覆われる。18歳未満の児童婚率76%、合計特殊出生率7・2人は共に世界1位。人口は20年後に倍増の予測で、人口爆発や気候変動による耕作地の減少など、複合的な要因で貧困が加速し多くの移民を生む。西アフリカ諸国から欧州を目指す移民の多くが、中部の砂漠の街アガデスを経由する。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年1〜6月、スペイン、イタリア、ギリシャに渡った移民の17%は西アフリカ出身。

◇ 

 生活の豊かさを示す国連の人間開発指数(二〇一八年)が世界最下位のニジェール。二十八日から横浜で開かれるアフリカ開発会議(TICAD)を前に、貧困の中で生きる人々の姿を伝える。(カンシェで、沢田千秋、写真も)

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