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【国際】

欧州「鉄のカーテン」に風穴 東独から大量亡命 30年式典

19日、ハンガリー・ショプロンで、記者会見するドイツのメルケル首相(左)とハンガリーのオルバン首相=AP・共同

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 【ベルリン=近藤晶】東西冷戦下の一九八九年に当時の東ドイツ国民がハンガリー経由で大量亡命した集会「汎(はん)ヨーロッパ・ピクニック計画」から三十年を迎えた十九日、オーストリア国境にあるハンガリー西部ショプロンの教会で記念式典が行われた。式典にはドイツのメルケル首相も出席した。

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 親睦目的のピクニックを装った集会は、ハンガリー政府が黙認する中、オーストリアとの国境が一時開放され、六百人以上の東独国民が越境。この大量亡命が八九年十一月の「ベルリンの壁」崩壊につながり、冷戦を終結へと導いた。

 メルケル氏は式典で「ピクニックは連帯、自由、人道的な欧州という価値観を反映する世界的なイベントになった」と強調。「分断を克服するために協力してくれたことに感謝する」と述べ、ハンガリーの国境開放に感謝の意を示した。

 だが、ハンガリーは当時と逆行する動きを強めている。オルバン政権は二〇一五年に大量の難民が欧州に流入した際、国境の一部を封鎖。「自国第一主義」を掲げ、強権的な手法が批判されている。

 メルケル氏は演説で「ショプロンは、私たち欧州人が不可分の価値観を支持すれば、どれだけのことを成し遂げられるかを示す一例だ」とけん制。オルバン首相は式典後の共同記者会見で「(当時と現在の)二つの行動に全く矛盾はない。国境を守ることはわれわれの義務だ」と反論した。

 ハンガリーは八九年五月、オーストリア国境にある鉄条網の撤去に着手。欧州を分断していた「鉄のカーテン」の撤去を祝おうと、両国の民主化組織などが八月十九日にピクニックを開催した。

 

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