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【国際】

東京五輪の夢 内戦で遠のく シリア難民レスリング選手

五輪出場を夢見るアワドさん。練習場には「シリア・スポーツ・アカデミー」のロゴと五輪を組み合わせたマークが飾られた

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 開幕まで1年を切った2020年の東京五輪・パラリンピック。地中海を望むエジプト北部アレクサンドリアに、祖国代表として五輪出場の夢を見続けてきたレスリング選手がいる。内戦下のシリアを逃れたアミール・アワドさん(35)。だが、長引く避難生活という現実の前に、夢は遠のき、実現は極めて困難になっている。3年前に「いつかシリアに戻り、将来のチャンピオンになってほしい」と願い、難民の子どもたちが通うレスリング教室を開設したアワドさんを訪ねた。 (カイロ・奥田哲平、写真も)

 ビル一階にある三十平方メートルほどの練習場。夕方、アワドさんがシリア料理店での仕事を終えて向かうと、七〜十歳の子どもたちが待ち構えていた。前転、後転などのマット運動に始まり、二人組でタックルを掛ける打ち込みと続く。「両足をそろえず、右足を前に構えて」。アワドさんの指導を受けて動く子どもたちはあっという間に汗だくだ。

 かつてシリア選手権やアラブ選手権で優勝したこともあるアワドさん。シリアの首都ダマスカスに暮らしていたが、民主化デモが内戦に発展し、一三年にエジプトに避難した。

「シリア・スポーツ・アカデミー」で子どもたちに投げ技を教えるアワドさん(左)

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 シリアでは反体制派が強い地域で暮らしており、「家から出れば(戦闘に巻き込まれ)戻れる保証はない」と練習もままならず、競技を続けるために海を越え、欧州へ渡る計画だった。

 しかし、妻イナースさん(30)の妊娠が分かり、危険な航海を断念。アレクサンドリアのシリア料理店で働き始め、家族を養うのを優先した。見回せば、街には同じ境遇の家族が大勢いた。「難民は働いて生きていくだけで精いっぱいで、子どもの面倒を見る余裕がなかった」。そして、内戦下を逃れた子どもはささいな物音に怖がり、自己肯定感を持てずにいた。

 リオデジャネイロ五輪があった一六年、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などの支援を受けて「シリア・スポーツ・アカデミー」を開いた。アワドさんの長男ダニヤール君(8つ)も生徒の一人。妻イナースさんは子ども向けにバレエも教える。今ではエジプト人の子どもも参加し、夜間は若者らがキックボクシングを学ぶなど、地域社会に溶け込んでいる。

 「困難に負けず、夢を持ってほしい」。アワドさんはレスリングを通じ、そんな願いを子どもたちに託す。だが、自身の夢への道は、ほぼ閉ざされている。

 世界レスリング連合(UWW)によると、レスリングの五輪出場には九月の世界選手権(カザフスタン)で上位六人に入るなどの成績を収める必要がある。しかし、国別に与えられる世界選手権への出場枠は、今年四月に中国で開かれたアジア選手権の実績で決められており、同選手権に送り出した選手数が上限だ。

 シリアがアジア選手権に出場させたのは男子二人だけ。アワドさんはシリアの連盟から出場できる許可を受けたが、「渡航費用などを自費で賄えるなら」という条件付き。払えるはずもなかった。

 同連盟のムハンマド・ハッグ事務局長は本紙に「彼は何年も前にシリアを離れ、現状のレベルが確認できない。世界選手権には国内で努力する二人を送る」と冷淡だ。戦闘で自宅が破壊され「水も燃料も不足する故郷に、子どもを連れて戻れるわけがない」と、アワドさんは表情を曇らせる。

 それでも練習を続ける。直近の成績はエジプトで開かれた昨年のアラブ選手権フリースタイル九七キロ級の二位。「私はもう若くない。最後に五輪のマットを踏ませてほしい」と訴える。

 国際オリンピック委員会(IOC)は東京五輪で、出身国から出場できない選手で「難民選手団」を結成する予定だ。アワドさんも難民受け入れ国のエジプト側と協議し、わずかな望みをつなげようとしているが、可能性は高くない。内戦に翻弄(ほんろう)され、異国で選手生命を終えるかもしれないレスラーの練習場の梁(はり)には、あこがれの五輪マークが描かれていた。

 

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