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【国際】

<ベスランの傷跡>(下)遺族 再調査求め続ける 責任認めぬ政府 中央集権化

3日、学校占拠事件の犠牲者の集団墓地で追悼式に参加する遺族ら=いずれもロシア・北オセチア共和国ベスランで

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 この夏、モスクワ市議選の不正疑惑に端を発し、広がった反政権デモ。プーチン政権側は「大規模な騒乱」と位置づけ、治安当局を動員して抑え込んだ。

 「治安」と「市民の権利」。二〇〇四年九月、多数の子どもを含む三百三十人以上が犠牲になったロシア南部ベスランの学校占拠事件の衝撃は、前者が圧倒的に優先される雰囲気をつくった。プーチン大統領が支配体制を固める契機にもなった。

 〇二年十月に人質約百三十人が死亡したモスクワ劇場占拠事件の記憶が残る中、再び起きた悲劇。独立を求める南部チェチェン共和国の武装勢力の打倒はプーチン氏にとって「強いリーダー」像を演出するのに欠かせない要素だった。当時は二期目に入ったばかり。五十代前半の指導者は「治安体制の強化と国家の強い団結が必要だ」と宣言した。

 事件後、地方の知事を選挙で選ぶことを停止(一二年まで継続)。テロ対策を的確に行うという理由で大統領の任命制に改め、中央集権化を進めた。事件現場に何度も足を運んだ国際非政府組織(NGO)「文明の対話」の研究員、アレクセイ・マラシェンコ氏は「プーチン氏は事件のショックを、自分の政治的目的を達成するために利用した」と指摘する。

 事件が起きた経緯には不可解な点も多かったが、政府の調査報告書は、それに触れなかった。遺族団体「ベスランの母」は継続して再調査を求めてきたが、政府は応じなかった。

 欧州人権裁判所(仏ストラスブール)は二年前、遺族らの訴えを受け入れ、テロの情報を得ながら対策を怠ったこと、特殊部隊の突入の際、殺傷兵器が必要以上に用いられたことを認定し、ロシア政府に対し、約三百万ユーロ(約三億六千万円)の賠償を命じた。しかしプーチン政権は「全く容認できない。感情的な判決だ」(ペスコフ大統領報道官)とはねつけた。

 遺族団体代表で、十三歳の息子を亡くしたスサンナ・ドゥディエワさん(58)は「もし再調査をして、ミスや怠慢が明らかになれば、指導部に責任が及ぶことを恐れている」と憤る。プーチン氏は事件直後を除き、一度もベスランを訪れていない。事件から十五年の追悼式が開かれた今月三日もモンゴルに外遊し、コメントも出さなかった。

 事件から十五年。確立されたプーチン体制に風穴をあけるのは容易ではない。再調査の要求を続ける遺族らは「反政権派」のレッテルを貼られることもあるが、「私たちこそが愛国者だ」とドゥディエワさんは反論する。「テロの脅威はどこにでもある。再発を防ぐためには、事件がなぜ起きたか分からないと、親は安心して子どもを学校に通わせられない。私たちがあきらめたら、それは死んだ子どもたちへの裏切りだ」。巨大な壁にひるまず、母たちの抵抗は終わらない。

 (ベスランで、栗田晃、写真も)

1日、遺族団体「ベスランの母」の会合

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