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【国際】

<聞き事>デモやまぬ香港どうなる 2氏に聞く

15日、香港中心部の幹線道路でプラカードを持ってデモ行進する人たち=共同

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 香港の若者の怒りが収まらない。香港の林鄭月娥(りんていげつが)行政長官が大規模デモの発端となった「逃亡犯条例」改正案の撤回を四日に表明した後も抗議運動は続き、国際金融都市としての香港の地位も揺らぎ始めた。香港はどこに向かうのか。香港の著名評論家、劉鋭紹(りゅうえいしょう)氏と、東京財団政策研究所主席研究員の柯隆(かりゅう)氏に聞いた。

◆政府の信頼 極めて低い 香港の評論家劉鋭紹氏

香港の評論家、劉鋭紹氏=中沢穣撮影

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 −林鄭氏はなぜこのタイミングで「逃亡犯条例」改正案を撤回したのか。

 「中国政府と香港政府の双方に利益がある時間稼ぎだ。両政府とも十月一日の中国建国記念日までに解決するのは無理だと考えているが、ある程度は緊張緩和の雰囲気をつくりたい。林鄭氏は既に改正案は『死んだ』などと言及しており、撤回には代償がかからない」

 −米国の圧力もある。

 「中国政府は米国の出方に強い関心を持っている。米国では、(関税などで香港を中国大陸よりも優遇してきた措置を撤廃する)事実上の制裁措置が審議されている。しかし香港には八万人の米国人が暮らしており、制裁は米国自身の利益も損なうので、中国政府はただの脅しだと高をくくってきた。ところが最近になって審議のスピードが上がっている。撤回で米国の圧力を減らしたいのだろう」

 −事態は沈静化するか。

 「撤回は市民の怒りを鎮めるには全く不十分だ。林鄭氏と香港政府に対する市民の信頼度は極めて低い。市民は、時間がたったら改正案の『撤回』が『撤回』されるのではないかという疑いすら持っている。林鄭氏の対応はすべて後手に回っており、病気が重くなってから薬を飲んでも効き目がない。彼女の選択肢は限られており、中国政府に忠義を尽くし続けるしかない」

 −林鄭氏は「対話」も呼びかけている。

 「(民主化などを求めた二〇一四年の)雨傘運動の際、林鄭氏は学生ら五人と対話したが、後にそのうち三人が政治犯となった。林鄭氏のいう『対話』には誰も誠意を感じていない。今回の抗議運動への警察の暴力はあまりにひどく、若者は妥協しないだろう」

 −なぜ今回の運動は広い支持を集めているのか。

 「林鄭氏は条例案に反対する広い民意に耳を傾けず、市民の強烈な反発を招いた。多くの香港人、特に若者には積年の不満もある。一七年の行政長官選挙から普通選挙が行われるはずだったが、中国政府は一四年に立候補資格を親中派のみに制限した。多くの香港人は中国政府が約束を破ったと感じ、(このままでは)香港の民主主義には未来がないと考えた」

 −今後はどう動くか。

 「中国への投資の多くは香港を経由しており、中国政府も大陸の別の都市では、国際金融都市・香港の代わりは務まらないと認識している。中国政府は、香港人の抗議がどの程度まで強まるのか、香港政府だけで処理できるのかを注意深くみているが、当面は人民解放軍の動員などはないだろう。一国二制度に自ら死亡宣告するのと同じだからだ」 (香港で、中沢穣)

 ▽1954年、香港生まれ。香港紙記者として香港返還の過程などを長年取材。北京特派員だった89年の天安門事件の際に「反革命動乱のために世論を形成した罪」などで中国当局に指名手配された。「逃亡犯条例が成立したら大陸に送られるかもしれない」と話す。

◆金融都市の魅力薄れる 東京財団政策研究所主席研究員・柯隆氏

東京財団政策研究所主席研究員・柯隆氏=白山泉撮影

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 −「逃亡犯条例」改正案をなぜ香港政府は突然撤回したのか。

 「商業活動や金融市場にデモの影響が広がっている。中国の電子商取引最大手のアリババグループも香港証券取引所への上場を延期した。このままでは香港経済が耐えられなくなる。北京の中央政府は慎重に検討した上で態度を軟化させたのだろう」

 「林鄭氏の辞任もガス抜きに効果がある、との読みが北京にはある。しかし、デモ参加者の要求にある『普通選挙の実現』は絶対に譲歩できない」

 −事態がこじれている。

 「香港政府は、今回のデモも雨傘運動のように自然に縮小していくことを期待していたが、市民の動きを読み違えた。香港は九七年の返還以降、物価ばかりが上がって実質賃金は下がり続けている。また、大陸の高級幹部が香港の不動産を買いあさり、住宅価格は高騰している。大陸の富裕層が香港の大学に入りたがり、地元の若者が追いやられてしまうなど、反中感情が高まっていることも背景にある」

 −中央政府が香港で影響力を強めることに対して市民の不安は大きい。

 「若者たちのデモを見ると、彼らが自由を求めて戦う姿に心を打たれる部分もある。しかし、香港は独立した主権国家ではない」

 「たしかに香港基本法は香港に『高度な自治』を認め、言論や出版の自由をうたっている。中国も憲法で『自由』を保障しているが、守られたことはない。自由や人権を尊重していない国家に返還された以上、『一国二制度』の下では香港は完全には自由を保障されていない」

 −香港はどうなるのか。

 「米議会や米政府が香港の自治は不十分だと判断すれば、米国から与えられている自由貿易港などの優遇措置も剥奪される。国際金融センターとしての魅力も低下し、中国にとっても損失となるが、中央政府にとって最も重要なのは国内統治の安定だ。必要と判断すれば香港を犠牲にするだろう」

 「漁夫の利を得るのはシンガポールだ。『自由と法』を求める投資家にとって、英国法を基礎にした法制が敷かれているシンガポールが受け皿になる。香港経済を支えてきたエリートが外に流出し、代わりに北京から人材が入ってくる」

 「香港特別行政区は、実質的に上海市や天津市のような『直轄市』になりかねない。若者は台湾やカナダなどに逃れ、高齢者や経済力のない人は香港の自由が失われていくことに耐えながら余生を過ごすことになる」 (白山泉)

 ▽1963年、中国江蘇省南京市生まれ。88年来日、92年愛知大法経学部卒。名古屋大大学院修士課程修了後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て現職。専門は開発経済、中国マクロ経済。

<香港デモの経過> 香港政府は4月、犯罪人の移送について定めた「逃亡犯条例」改正案を立法会(議会)に提出。改正により司法制度が不透明な中国本土への容疑者引き渡しが可能になるため、多数の香港市民が撤回を求めてデモに加わった。6月16日のデモには約200万人(主催者発表)が参加した。

 デモ参加者は、改正案の撤回要求に応じない香港政府トップの林鄭月娥行政長官への怒りをつのらせ、デモ隊の一部が過激化して警官隊とたびたび衝突。デモ参加者の要求は、林鄭氏の辞任や、デモ隊に暴力をふるった警察の責任追及など「五大要求」に広がった。林鄭氏は9月4日に改正案の撤回を表明したが、抗議の動きは収まっていない。

 

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