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(写真左)円谷幸吉(左)と畠野洋夫コーチ(右)の2人は寝食を共にし、信頼関係で結ばれていた(写真右)東京五輪で日本陸上界が唯一獲得した円谷の銅メダル
東京五輪の表彰式の写真を背に、当時の思い出を語る円谷喜久造さん=福島県須賀川市で
東京五輪、マラソンのゴールに向けて力走する円谷幸吉。右は猛烈な追い上げを見せるヒートリー(英国)=1964年10月21日、国立競技場で
円谷が残した遺書の一部(円谷幸吉メモリアルホールより)。上部に付着した染みは5番目の兄・幸造さんの涙だという。
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