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【全日本大会】

[特集]福島・いわきの常磐軟式野球スポーツ少年団 震災乗り越え連覇へ一直線

先輩に続け!震災の影響を乗り越えて、連覇を目指す常磐軟式野球スポーツ少年団の選手たち=福島県いわき市の常磐市民運動場で

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 歓喜のVから1年−。全国大会まで1カ月弱となった7月半ば、福島県いわき市の常磐市民運動場には、昨年の日本一・常磐軟式野球スポーツ少年団(福島)ナインの元気な声が響いていた。18回目の全国大会出場を「前年優勝枠」で果たしたことしは、“被災地代表”でもある。気持ちをひとつに、震災の困難を乗り越え、連覇を誓った。

◆練習の成果 昨年初V

 「去年は僕も2回目の全国大会で、少し慣れた部分もありました」。常磐・橋本幸三監督が振り返る。「気持ちの強い選手がそろい、手応えも感じていましたが、大きかったのは、勝利を重ねながら、どんどんノッていけたことでした」

 別名“小学生の甲子園”。多くの県では地区予選から県大会、そして全国大会まで、一度の負けですべてが終わる。福島も同じだ。その中で常磐が出場回数を重ね、一昨年以前にも準優勝2度、3位1度と好成績を収めてきたのは、練習の量と質、多くの県外遠征を含めた、試合の中で培ってきた経験であり、自信によるものだ。それらが見事に結実したのが、昨年の初優勝だった。

◆被災で2カ月出遅れ

 しかし、ことしの常磐は、青写真どおりのチーム作りができなかった。3・11、東日本大震災だ。「いわきの中でも、この辺りは地震の被害は比較的少なく、選手たちの無事はすぐに確認が取れた」と橋本監督。「でも、直後に原発の爆発です」。情報が錯綜(さくそう)する中、多くのメンバーが県内外に自主避難し、チームはバラバラに。選手たちが地元に戻り、練習を再開できたのは5月だった。「ちょうど2カ月、出遅れた勘定です。この時期の2カ月は大きい」

 あらかじめ全国出場が決まっている常磐は、ことしの予選大会出場が認められていない。もともと、実戦を積む機会が少ないのだ。そこに震災が追い打ちをかけた。

◆野球できる喜び実感

 遅れを取り戻すべく、日々の練習には熱が入った。普段から平日、休日を問わずにハードな練習をこなす常磐だが、いつも以上の汗を流した。少ない実戦では、なかなか結果を出せなかったが、「だんだん形になってきた。なんとか全国には間に合わせたい」と、橋本監督は意気込んだ。

 この上ない困難に見舞われた常磐だが、その経験がチームの結束を強くしたのも事実だ。「こうしてみんなで野球ができることが、本当にうれしい」。安齋優斗主将の言葉が、チーム全員の気持ちを物語る。震災後の混乱の中、野球が選手たちをつないだ。加えて、全国の野球仲間から、応援の声が寄せられた。

◆避難先でも意識高く

 昨年大会で全国のマウンドを経験した安齋主将は「ことしも集中して、全員で戦いたい」と力を込める。昨年、4年生でベンチ入りし、ことしは5年生ながら主力の一員として大会に臨む井上太梧君は震災後、横浜の親戚宅に避難し、チーム合流が遅れた。「横浜にいるときもバットを使わない練習や、階段の上り下りをしてました」。合流後はチームメートとともに野球ができる喜びをかみしめながら、「みんなと一緒に一戦ずつ、大切に戦いたい」と笑顔を見せる。

 「参加チームのうち唯一、連覇に挑戦できる」(橋本監督)権利を持つ常磐。目標に向け、チームの気持ちはひとつだ。

(東京新聞)

 

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