学童軟式野球

トップ > イベント > 学童軟式野球 > 2016年 > 全日本大会 > 記事

ここから本文

【全日本大会】

[三重]亡き友思い全国舞台へ てい水野球少年団・沢監督

大舞台を前に思いを語る沢監督=松阪市で

写真

 七日に開幕する全日本学童軟式野球大会に県代表として出場するてい水(ていすい)野球少年団(松阪市)監督の沢聡さん(54)は、夢を果たせなかった親友のために特別な思いで大舞台に臨む。六年前に四十七歳で亡くなった前監督有滝和彦さんの「チームを頼む」の言葉を胸に刻み「彼のためにも、子どもたちの目標ベスト4を成し遂げたい」と意気込んでいる。 (古住健太郎)

 二人は地元松阪の中学校の同級生。軟式野球部で三年間をともにし、密な関係を築いた。沢さんは「有滝は勉強も野球も目標を一緒にして頑張った親友の中の親友だった」と振り返る。

 大人になってからも交流は続き、それぞれ息子の野球に関わり、十年ほど前には有滝さんが松阪市のてい水地区に少年野球チームをつくろうと奔走。二〇〇六年にできたチームに〇九年、コーチとして沢さんが加わった。

 当初メンバーは十五人前後で、県大会にも出場できず、低迷が続く。そんな中、キャッチボールやティー打撃、冬場の走り込みといった基礎練習を徹底し、徐々に地力がついていった。

 沢さんが「熱血指導」と表現するほどの厳しい指導で実力が着実に上向く一方、有滝さんの体を病魔が襲う。二〇一〇年四月に肺がんで突然入院。チームが初出場した五月の県大会では監督として最後の采配を振るい、沢さんに「あとを頼む」と伝え、七月には帰らぬ人となった。

 沢さんは「基礎をとことん強化する」という有滝さんの信念を引き継いで指導に心血を注ぎ、さらに足を絡めた攻撃など実戦的な練習にも取り組んだ。その結果として全国の舞台を目の前にする。

 今月四日に松阪市内であった団結式。宇佐美貴也主将(11)は「松阪に優勝旗を持って帰りたい」と決意を口にした。沢さんは「有滝が強い少年野球チームをつくり、地域に根付かせたかったからここまできた。きっかけをつくってくれた彼に感謝して試合に臨みたい」と力を込めた。

(中日新聞)

 

この記事を印刷する

PR情報