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【皇后さま79歳 回答全文】

2013年10月20日

天皇陛下と79歳の誕生日を迎えられた皇后さま(右)=9月26日、皇居・御所で(宮内庁提供)

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 79歳の誕生日に際し、皇后さまが宮内記者会の質問に回答された文書の全文は次の通り。

―東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが、なお課題は山積です。一方で、皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました。皇后さまにとってのこの一年、印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい。

 この十月で、東日本大震災から既に二年七か月以上になりますが、避難者は今も二十八万人を超えており、被災された方々のその後の日々を案じています。

 七月には、福島第一原発原子炉建屋の爆発の折、現場で指揮に当たった吉田元所長が亡くなりました。その死を悼むとともに、今も作業現場で働く人々の安全を祈っています。大震災とその後の日々が、次第に過去として遠ざかっていく中、どこまでも被災した地域の人々に寄り添う気持ちを持ち続けなければと思っています。

 今年は十月に入り、ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。夏が異常に長く、暑く、又、かつてなかった程の激しい豪雨や突風、日本ではこれまで稀な現象であった竜巻等が各地で発生し、時に人命を奪い、人々の生活に予想もしなかった不便や損害をもたらすという悲しい出来事が相次いで起こりました。この回答を準備している今も、台風26号が北上し、伊豆大島に死者、行方不明者多数が出ており、深く案じています。世界の各地でも異常気象による災害が多く、この元にあるといわれている地球温暖化の問題を、今までにも増して強く認識させられた一年でした。

 五月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら、かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治二十二年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、二百四条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも四十数か所で作られていたと聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た十九世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。

 オリンピック、パラリンピックの東京開催の決定は、当日早朝の中継放送で知りました。関係者の大きな努力が報われ、東京が七年後の開催地と決まった今、その成功を心から願っています。

 世界のあちこちで今年も内戦やテロにより、多くの人が生命を失い、又、傷つけられました。取り分けアルジェリアで、武装勢力により「日揮」の関係者が殺害された事件は、大きな衝撃でした。国内では戦後の復興期、成長期に造られた建造物の多くに老朽化が進んでいるということで、事故につながる可能性のあることを非常に心配しています。

 この一年も多くの親しい方たちが亡くなりました。阪神淡路大震災の時の日本看護協会会長・見藤隆子さん、暮しの手帖を創刊された大橋鎮子さん、日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん、映像の世界で大きな貢献をされた高野悦子さん等、私の少し前を歩いておられた方々を失い、改めてその御生涯と、生き抜かれた時代を思っています。

 先の大戦中、イタリア戦線で片腕を失い、後、連邦議会上院議員として多くの米国人に敬愛された日系人ダニエル・イノウエさんや、陛下とご一緒に沖縄につき沢山のお教えを頂いた外間守善さん、芸術の世界に大きな業績を残された河竹登志夫さんや三善晃さんともお別れせねばなりませんでした。

 この十月には、伊勢神宮で二十年ぶりの御遷宮が行われました。何年にもわたる関係者の計り知れぬ努力により、滞りなくせんぎよ遷御になり、悦ばしく有り難いことでございました。御高齢にかかわらず、陛下の姉宮でいらっしゃる池田厚子様が、神宮祭主として前回に次ぐ二度目の御奉仕を遊ばし、その許で長女の清子も、臨時祭主としてご一緒に務めさせて頂きました。清子が祭主様をお支えするという、尊く大切なお役を果たすことが出来、今、深く安堵しております。

―今年、皇后さまはご体調が優れず、いくつかのご公務などをお取りやめになりました。天皇陛下も今年80歳を迎えられます。両陛下の現在のご体調や健康管理、ご公務や宮中祭祀に関してご負担軽減が必要との意見について、どのようにお考えでしょうか。

 加齢と共に、四肢に痛みや痺れが出るようになり、今年、数回にわたり公務への出席を欠きました。体調の不良を公にすることは、決して本意ではありませんが、欠席の理由を説明せねばならず、そのため大勢の方に心配をかけることとなり心苦しく思っています。健康管理については、医師の意見に従い、その時々に必要な検査を受けていますが、まだ投薬などの治療を継続して受ける段階のものはなく、これからもしばらくは、今までとあまり変わりなく過ごしていけるのではないでしょうか。

 質問にあった宮中祭祀のことですが、最近は身体的な困難から、以前のように年間全てのお祀りに出席することは出来なくなりました。せめて年始の元始祭、昭和天皇、香淳皇后の例祭を始め、年間少なくとも五、六回のお参りは務めたいと願っています。明治天皇が「昔の手ぶり」を忘れないようにと、御製で仰せになっているように、昔ながらの所作に心を込めることが、祭祀には大切ではないかと思い、だんだんと年をとっても、繰り返し大前に参らせて頂く緊張感の中で、そうした所作を体が覚えていてほしい、という気持ちがあります。さき前の御代からお受けしたものを、精一杯次の時代まで運ぶ者でありたいと願っています。

―皇太子妃雅子さまは十一年ぶりに公式に外国をご訪問になりました。また、悠仁さまの小学校入学をはじめ、お孫さまたちに節目となる出来事が相次ぎました。ご家族と様々なご交流があると思いますが、皇室の一員として若い世代に期待されていることをお聞かせください。

 皇太子妃がオランダ訪問を果たし、元気に帰国したことは、本当に喜ばしいことでした。その後も皇太子と共に被災地を訪問したり式典に出席する等、よい状態が続いていることをうれしく思っています。

 孫の世代も、それぞれ成長し、眞子は大学の最高学年に進み、今では、成年皇族としての務めも行っています。こうした二つの立場を、緊張しながらも誠実に果たしている姿を、うれしく見守っています。次女の佳子は大学生になり、今年は初めての一人での海外滞在も経験しました。来年ははたち二十歳になり、皇室はまた一人、若々しい成年皇族を迎えます。東宮では愛子が六年生になりました。背も随分伸び、もうじき私の背を超すでしょう。チェロ奏者の一員として、皇太子と共にオーケストラに参加したり、今年の沼津の遠泳ではやや苦手であった水泳でも努力を重ね、自分の目標を達成したことをうれしく、又、いとおしく思いました。悠仁は小学生になりました。草原を走り回る姿はまだとても幼く見えますが、年齢に応じた経験を重ね、その中で少しずつ、自分の立場を自覚していくようにという両親の願いの許で、今はのびのびと育てられています。

 こうした若い世代の成長に期待すると共に、私にはご高齢の三笠宮同妃両殿下が、幾たびかの御不例の折にも、その都度それを克服なさり、今もお健やかにお過ごしのことが本当に心強く、有り難いことに思われます。これからも両殿下のご健康が長く保たれ、私どもや後に続く世代の生き方を見守って頂きたいと願っています。

 

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