平和の俳句 東日本大震災10年

 東日本大震災から2021年3月11日で10年になるのを前に、本紙は震災をテーマにした「平和の俳句」を募集します。入選作品は3月1日から1カ月間、朝刊1面に1句ずつ掲載します。

 「平和の俳句」は戦後70年の2015年1月1日に始まり、3年間、毎日1面に掲載しました。18年からは8月に特集ページで入選作を掲載しています。 今回、震災や福島原発事故で失われた日常や、その後の復興のもたらす平和をあらためて考えようと、特別編を企画しました。

 選者は「平和の俳句」でおなじみの作家いとうせいこうさん(59)と、俳人の黒田杏子(ももこ)さん(82)です。

 いとうさんは震災をモチーフにした小説「想像ラジオ」を執筆し、福島にも通い続けています。黒田さんは福島県文学賞俳句部門の審査委員を務めるなど震災にかかわる文芸活動に熱心です。

 締め切りは2021年1月25日(必着)です。 応募はこのWebから、もしくは、はがきで。皆さまの作品をお待ちしております。

 募集は締め切りました。沢山のご応募ありがとうございました。

平和の俳句とは

 「平和の俳句」は“軽やかな平和運動”として戦後70年の2015年1月1日に掲載が始まり、17年末まで続きました。きっかけは14年の終戦記念日に掲載した俳人の金子兜太(とうた)さん(18年2月に死去、享年98歳)と、いとうせいこうさんの対談でした。

 当時<梅雨空に「九条守れ」の女性デモ>という俳句が、さいたま市の公民館の月報に掲載を拒否された「九条俳句」問題を、2人は戦前の新興俳句運動に対する弾圧事件に重ねました。戦争に向かう時代の空気に抗(あらが)おうと呼び掛けたのが「平和の俳句」でした。(「九条俳句」は市の違法性を認める判決が確定後、市教育長が作者に謝罪し、昨年2月に掲載された)

 3年間の応募総数は13万1288句。選者は金子さん、いとうさんの2人で始まり、金子さんが体調を崩して退いた17年8月以降は、黒田杏子さんが後を継ぎました。連載終了後も再開を望む声をいただき、18年からは毎年夏の特集として復活しています。

選者のメッセージ

いとうせいこうさん

【いとうせいこうさん】 10年経って終わりではなく、その10年を生かした長い本当の復興へと。前を向きながら忘れず時々振り返るために。

<いとう・せいこう> 1961年、東京都葛飾区生まれ。早稲田大卒業後、出版社の編集を経て音楽、舞台、テレビなどマルチに活躍。88年に小説『ノーライフキング』で作家デビュー。99年、『ボタニカル・ライフ』で講談社エッセイ賞。2013年、東日本大震災をモチーフにした『想像ラジオ』で野間文芸新人賞。他に『小説禁止令に賛同する』『「国境なき医師団」になろう!』等著書多数。本紙で、エッセー「日日是植物」(毎月1回)連載中。


黒田杏子さん

【黒田杏子さん】 震災10年。おひとりおひとりの想い。願い。祈り。抗議の意志。自由に俳句にされてお寄せください。選者として全力を尽くします。

<くろだ・ももこ> 俳人、エッセイスト。1938年、東京都生まれ。俳誌『藍生(あおい)』主宰。東京女子大在学中、山口青邨(せいそん)に師事 。広告代理店「博報堂」で『広告』編集長を務めた。句集に『日光月光』(蛇笏賞)、『木の椅子』(現代俳句女流賞、俳人協会新人賞)、『銀河山河』など。金子兜太さんと50年近い交流があった。金子さんの没後に創刊した雑誌『兜太 TOTA』で編集主幹を務める。