平和の俳句 2021夏

 戦後70年に読者からの投稿を募って始めた「平和の俳句」。戦後76年の今年も、4786句を寄せていただきました。あの戦争の壮絶な記憶、平和への感謝と願い、コロナ禍の日常-それぞれに思いが込められた17文字。それらの中から、選者の二人、作家のいとうせいこうさん、俳人の黒田杏子(ももこ)さんが選んだ15句ずつ、合計30句を紹介します。

いとうせいこうさんが選んだ15句

八月を誕生月と言はぬ父

 杉浦 とし子(81) 愛知県犬山市


玉砕は死語でなかった夏トーキョー

 加藤 正文(72) 東京都国立市


沖縄で二十万死すいくさいや

 大橋 庄一郎(93) 岐阜県大垣市


ゆっくりと腰折る会釈広島忌

 小林 佐智子(74) 静岡県牧之原市


十五日ひまわりの首垂れており

 青山 良子りょうこ(70) 千葉県東金市


裏口を開けて子を待つ敗戦忌

 中林 秋江(71) 横浜市金沢区


分岐点ここにもひとり烏合うごうの夏

 多田 治周じしゅう(83) 福井県勝山市


僕のほしほんとはほんとはよわいんだ

 竹内 隆太郎(15) 名古屋市東区


洗えども洗えどもなお焼けピアノ

 拝田 章(80) 愛知県小牧市


黒い雨知らぬ若者空青し

 小山 翔太郎(12) 名古屋市瑞穂区


いくさんでかなかながなくカナカナと鳴く

 加藤 恒雄(89) 浜松市中区


競ひても争はぬよ夏きた

 北沢 美樹(38) 京都市南区


祈り込め鶴折る人の指の老い

 名波 時代ときよ(73) 静岡県牧之原市


平和てふ無限の未来雲の峰

 中山 精三(81) 愛知県稲沢市


「また明日」こどもみんなが言えるよに

 釡本 紀子(58) 奈良県宇陀市


平和の句作 衰え知らず ― いとうせいこうさん


 『平和の俳句』は衰えを知らない。ここまで何年も続ければ戦争体験者の方々も減っていくし、同工異曲の句がいずれ大勢を占めるのではないかと危惧していたが、少なくとも選句をする限りすべて杞憂(きゆう)でありました。

 そこには改めて思い出された切実な経験や、現在の世相への不安と怒りと改革への意思、あるいは希求されるべきほんわかとした大事な時間の描写があふれていたのです。

 コロナ禍によって家で過ごす時間が増えたり、平和とは真逆の世界が我々の目の前によりはっきりとあったり、それをなんとかしたいと願う心の日々の強まりが詩に昇華したのかもしれませんが、何よりもそれらを『平和の俳句』として書き留める習慣が投句者の皆さんにすっかり根付いたように感じます。

 句はすでに自然にできていて、こちらはそれを募集するだけ。むしろ募集しなければ皆さんのせっかくの俳句が滞ってしまって困るという、いわば逆転現象のような状況があるのかもしれません。

 この夏の分はこうなりました。また次回、お会いいたしましょう!


黒田杏子さんが選んだ15句

八月へ平和の俳句ぶち込んで

 前出まえで ひろみ(59) 三重県松阪市


二十はたちの兄九十くじゅうの妹二柱ふたはしら

 藤井 千恵子(70) 岐阜県中津川市


平和の句金子兜太とうたは生きている

 小玉 美津江(82) 愛知県幸田町


徴用の犬は何処いずこで戦死せし

 鹿子木かのこぎ 真理子(82) 東京都墨田区


戦せず七十六年金メダル

 倉島 雄太郎(83) 神奈川県横須賀市


父知らぬ位牌いはいに残る髪と爪

 広瀬 昭和のりかず(82) 愛知県みよし市


平和とは孫の笑顔だほんとだよ

 神道じんどう 美知子(96) 愛知県岡崎市


理科学ぶ命を守るため学ぶ

 太幡たばた 琉美花(15) 埼玉県皆野町


若者を兵器に使った夏が来た

 黒崎 ミヨシ(85) 千葉県野田市


兜虫かぶとむし兜太は戦争許すまじ

 高山 清子(74) 滋賀県長浜市


九条は日本の心富士の山

 倉橋 千弘(82) 浜松市西区


では今が平和かと問う梯梧でいご

 板倉 亜澄あずみ(51) 名古屋市名東区


志願兵それのみ誇りの父が逝く

 太田 幸代さちよ(71) 三重県いなべ市


独居老人九十五才の平和かな

 平村 欽一(95) 石川県津幡町


赤紙に助けられて今百寿

 近藤 敏夫(100) 浜松市中区


驚きと感動につつまれて ― 黒田杏子さん


 凄(すご)い句。すてきな句。魅力あふれる句がどっと寄せられました。驚きと感動につつまれて選び抜きました十五句。これぞ「平和の俳句」という、本年の秀作をじっくりとぜひごらんください。

 ◎前出ひろみさん=ぶち込んでが絶妙。◎藤井千恵子さん=戦地で結核になった兄と、結婚できず生涯を閉じた妹、おふたりの墓前で。◎小玉美津江さん=金子兜太先生は永遠です。◎鹿子木真理子さん=無数の犬達を想(おも)われて…。◎倉島雄太郎さん=この金メダルは凄いです。◎広瀬昭和さん=その髪と爪の存在感。◎神道美知子さん=「ほんとだよ」で決まりました。◎太幡琉美花さん=兜太先生の出身地、秩父・皆野町の中学三年生です。◎黒崎ミヨシさん=許せませんね。◎高山清子さん=カブトムシと兜太先生は重なりますね。◎倉橋千弘さん=九条は富士山。すばらしい発想です。◎板倉亜澄さん=いつも沖縄を想われる作者。同感です。◎太田幸代さん=そんな父上に作者は批判的でしたと…。◎平村欽一さん=いつもスマホでひ孫さんの姿を眺めておられて。◎近藤敏夫さん=身体検査で不合格。おかげで今おだやかな百歳の日々なのですよと…。


平和の俳句とは

 「平和の俳句」は、本紙が読者の皆さんから「平和」を自由な発想で詠んだ句を募集し、入選句を紙面に掲載して伝え合う、“軽やかな平和運動”です。戦後70年の2015年1月1日から毎日、17年末まで掲載しました。この3年間の応募総数は13万1288句に及びました。

 「平和の俳句」誕生のきっかけは、14年の終戦の日に掲載した俳人の金子兜太(とうた)さん(18年2月に死去、享年98)と、いとうせいこうさんによる対談でした。

 当時、<梅雨空に「九条守れ」の女性デモ>という俳句が、さいたま市の公民館の月報に掲載を拒否された「九条俳句」問題があり、2人は戦前の新興俳句運動に対する弾圧事件に重ねました。戦争に向かう時代の空気に抗(あらが)おうと呼び掛けたのが「平和の俳句」でした(「九条俳句」問題は、市の違法性を認める判決が18年末に確定。翌19年には市教育長が作者に謝罪し、句も月報に掲載されました)。

 選者は金子さん、いとうさんの2人で始まり、金子さんが体調を崩して退いた17年8月以降は、金子さんから託された黒田杏子(ももこ)さんが後を継ぎました。毎日の連載終了後も再開を望む声をいただき、18年からは毎年夏の特集という形で復活、継続しています。また今年3月には「平和の俳句 東日本大震災10年」も掲載しました。

選者プロフィール

いとうせいこうさん

<いとう・せいこう> 作家。1961年、東京都生まれ。日本語ヒップホップの先駆者と呼ばれるなど多彩な分野で活躍中。「想像ラジオ」「福島モノローグ」など著書多数。2015年の「平和の俳句」誕生時から選者を務める。エッセー「日日是植物(にちにちこれしょくぶつ)」を本紙夕刊(一部地域朝刊)で連載中。


黒田杏子さん

<くろだ・ももこ> 俳人、エッセイスト。1938年、東京都生まれ。俳句誌「藍生(あおい)」創刊主宰。「平和の俳句」誕生時から選者を務めた俳人金子兜太(とうた)さん(故人)とは50年近く交流。金子さんらが語る「証言・昭和の俳句」の増補新装版(コールサック社、15日発売)の聞き手・編者。