東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > アーカイブ2014 > 未来の食卓 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【未来の食卓】

お雑煮のもち ベトナム産に

ベトナム・ハノイ近郊で、ベトナム人女性に日本米の生産指導をする岩手県北上市の「西部開発農産」の照井耕一会長(右)(同社提供)

写真

 五輪(いつわ)家の居間・二〇二〇年元旦

 夫の勝利(かつとし)(36)、妻の希(のぞみ)(33)、長男の勇気(ゆうき)(8)が、雑煮を食べている。

 勝利 「やっぱり日本の正月はお餅だね。特に今日のはすべすべでよく伸びる。新潟米?」

 希 「ベトナム産よ」

 勝利、勇気 「えっ?」

 東京五輪が開催される頃こんな情景が現実になっているかもしれない。

 政府はコメ生産を減らした農家に補助金を出す減反制度を二〇一八年度にやめる。生き残りをかけ規模拡大を目指す農家も出てきた。一方、環太平洋連携協定(TPP)では政府は「コメは守る」と言うが、圧力は強く、加工品は開放を迫られている。すでにコメの国内消費の一割弱は部分開放した外国米。あられなどの原料だ。一段の開放で餅なども外国産に置き換わる可能性がある。

 予兆はある。

 「ベトナムで栽培した『ひとめぼれ』は十分おいしかった」。岩手県の「西部開発農産」の照井耕一会長(69)は十月、ハノイの田んぼに実った稲穂に目を細めた。コスト削減と市場を求め、海外でのコメ作りに挑み始めたのだ。

写真

◆「ひとめぼれ」来日

 日本の平均的なコメ農家が耕す土地は一ヘクタールで小学校の校庭程度だ。

 これに対して、照井さんは「ベトナムでの耕作地を一千ヘクタールまで広げたい」と言う。皇居のある東京都千代田区と同じ広さだ。

 準備は着々と進めている。昨年春から数軒の現地農家と契約して、試験的に「ひとめぼれ」「あきたこまち」などブランド米の栽培を始めた。コメ輸出量世界二位のベトナムだが、粒が細長い「長粒種」が主体。日本米のノウハウは乏しい。ベトナムの若者四人を研修生として岩手県に受け入れ、日本流のコメ作りを一から教えている。「農機具の操作方法なども含め三年みっちり教え、現地の指導者になってもらう」

 高温多湿な同地では二期作、三期作は当たり前。「寒い岩手に比べ収穫量は格段に増え、コストは三分の一になる」とみる。

 照井さんは仲間と三人で三十年前に「西部開発農産」を始めた。高齢化で耕作放棄された農地を次々引き受け、いまでは同県北上市と周辺の八百ヘクタールでコメや大豆を生産する。従業員も百人に上る日本では珍しい大きな農業法人だ。農協には頼らず、肥料や機械の調達、市場開拓を自力で行いコスト削減にも積極的だ。

 それでも減反補助金の廃止やTPPによる農作物の自由化は厳しいという。一俵(六十キロ)の生産費は国内平均を四割下回る九千六百円にまで下げた。だが、海外産は六千円。国内市場が奪われる懸念は消えない。「攻められるばかりではダメ」と海外生産に乗り出したのだ。

 照井さんはベトナム産のコメを日本国内には持ち込まず、日本食ブームが沸き起こる米国や香港に振り向ける計画。「国内では少なくとも家庭では味と安全性にこだわり、国産米を買い続けてくれる」とみるためだ。

 しかし、品質が保証され低価格なら外食産業は触手を伸ばす。

 実際、全国展開する外食大手の幹部は「現在は100%国産米。だが、海外で日本向けのコメ生産が広がり、十分な味ならば国産米と混ぜたりして使う可能性はある」と打ち明ける。

 消費者にとっても安いコメの恩恵は大きい。ただ、リスクもある。海外でのコメ作りは大量の農薬を使用するのが通例だ。

 照井さんは「ベトナムでは高温多湿で害虫が多く、かなり多量の農薬をまいている」と話す。TPPで最大の影響力を持つ米国は、日本政府に対し、残留農薬や食品添加物のリスク評価の簡略化や基準緩和を絶えず働き掛けている。日本の消費者には安全なコメを選択する材料も与えられていない。「外食メニューには産地の表示義務はない」(外食大手幹部)のだ。

 日本独特の農村文化も揺らいでいる。新潟県村上市で、もち米や餅を生産する「夢ファームあらかわ」社長三田敏秋さん(61)は言う。

 「年の瀬に餅をつき赤飯をたいて親戚に送り、残りは売るのが農村文化だった。消費者が外国産でもよいとなれば農家はもち米をつくらなくなる。都会の家庭は臼もきねもない。こうして伝統が廃れていく」(山口哲人)

      ◇    

 経済のグローバル化で私たちの「食」が急速に変わろうとしている。「未来の食卓」から食文化の行方を随時、探っていく。 

 

この記事を印刷する

PR情報