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【未来の食卓】

和牛を脅かす「Wagyu」

 五輪(いつわ)家の居間・二〇二〇年一月三日

 夫の勝利(かつとし)(36)、妻の希(のぞみ)(33)、長男の勇気(ゆうき)(8)がすき焼きをつつく。

 勝利 「今日の肉、とろけるようでうまい。お正月だから奮発したの?」

 希 「ワギュウだもの」

 勝利 「へえ、神戸牛それとも松阪牛?」

 希 「オーストラリアよ」

 勝利、勇気 「???」

 東京五輪が開催される頃こんな情景が現実になっているかもしれない。

 昨年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は和食を無形文化遺産に登録。国内畜産業界はこれを好機と和牛を世界に売り込む。このシナリオを脅かすのが海外産「Wagyu」(ワギュウ)の存在だ。

 霜降りが特徴の和牛は農家の長年の品種改良の成果。だが一九九〇年代後半、百二十八頭と精液入り試験管一万三千本が米国に輸出された。農林水産省の担当者は「詳細は不明だが研究用だったようだ」と話す。

 和牛の血を引く牛は全米や豪州にも拡散。広い牧場で低コストで生産され、飲食店で人気。日本へ「逆輸入」の動きもある。

 和牛とWagyu−。角を突き合わせた闘いが始まろうとしている。

◆切り札は安全性

 昨年十月末、ニューヨークを訪れた宮崎県畜産振興課の片山貴志主査はがくぜんとした。「和州牛」という漢字のラベルを貼った現地生産の肉を店頭で見つけたからだ。調べると日本の但馬牛と現地アンガス牛を交配させ、西部のオレゴン州で飼育されている。和牛の血を引く現地生産牛、「Wagyu」の一種だ。

 和牛生産量が全国二位の宮崎県。二〇一〇年、口蹄疫(こうていえき)で二割以上の牛が殺処分され、多くの畜産農家が廃業。「宮崎牛」の海外売り込みで起死回生を図ろうとする矢先だった。

 「海外では『和州牛』と競わねばならない。これは厳しい闘いになる」

 和牛農家は「和牛の種は自分だけもうけようとする人間が今も凍結精液の形で運び出している」と言う。

 その影響は海外だけではない。

 「飛騨牛」の市場開拓に携わる岐阜県観光課の板津浩司課長補佐は米国駐在員だった当時、一ポンド(約四百五十グラム)十六ドルの和州牛を買いステーキにして食べた。「軟らかくて十分おいしかった。国産和牛より三〜四割安く、日本に輸出されたらかなり食卓に浸透するだろう」という。

 環太平洋連携協定(TPP)交渉で海外産牛肉にかかる約40%の関税が下がれば「浸透」は一層深まる。

 豪州では十二万頭のWagyuが飼育され、「豪州和牛協会」まである。

 「Wagyuという素晴らしい肉が世界でもっと食べられるようになれば、日豪双方のビジネスチャンスになる」。同協会幹部は世界への売り込みに鼻息が荒い。日本の商社「丸紅」も現地の牧場で生産した牛肉を「オーストラリアン・ワギュウ」と銘打ち中国などに輸出、一部は日本の業者にも売っている。

 日本の畜産農家は品質と安全性をPRする。

 宮崎県霧島連山の裾野で、繁殖用母牛の黒毛和牛十頭を育て「和牛五輪」で最高賞を受賞した斎藤国章さん(67)は言う。「牛は娘同然。一頭一頭の顔も分かる。与えるエサも自分の田畑で作った安全なものだけ。安全性を求める消費者の意識が唯一のよりどころだ」

 だが、消費者の判断材料となるはずの情報の表示ルールは守られていない。

 「和牛」と名乗れるのは国産牛でも特別の品種だけ。しかし、昨秋、各地のホテルなどで普通の国産牛肉に加え、豪州産までも「和牛」と虚偽表示していた例が続出。霜降りに似せるため、牛脂を人工的に注入した肉をステーキと偽る例も相次いだ。

 こうした状況で、海外産のWagyuが紛らわしい名称で売り出されれば、消費者のさらなる混乱は必至。海外に日本ブランドを売り込もうとする前に、国内の消費者と生産者を守るルールの整備と徹底が求められている。 (山口哲人)

<和牛> 日本在来の牛を元に交配を重ねた牛。農水省ガイドラインや「食肉の表示に関する公正競争規約」の定義では「黒毛」「褐毛」など4種に限定。4種の交配種も含む。ホルスタインなどとの交配種は和牛と認められない。国内で出生し飼育されることも条件。松阪牛や神戸牛など100以上のブランドがある。一方、外国生まれでも日本で育った期間が長ければ「国産牛」と表示される。

 

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