東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 特集・連載 > アーカイブ2014 > 未来の食卓 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

【未来の食卓】

紙パック液卵で即席だし巻き

 五輪(いつわ)家の台所・二〇二〇年一月四日朝 

 夫の勝利(かつとし)(36)、妻の希(のぞみ)(33)、長男の勇気(ゆうき)(8)が朝食を食べている。

 勇気 「おせちの伊達(だて)巻きもうないの?」

 希 「伊達巻きはないけど、だし巻き卵ならすぐよ」。立ち上がり、冷蔵庫から紙パックを取り出す。フライパンに黄色い液体を注ぐと、たちまち固まる。

 希 「ハイ、どうぞ」

 東京五輪が開催される頃こんな風景が現実になっているかもしれない。

 卵には約20%の関税がかかり、自給率も95%と高い。だが、環太平洋連携協定(TPP)交渉が進めば、関税は撤廃される可能性が高い。コメや牛肉など「聖域」と異なり、政府が優先保護する分野に入っていないためだ。

 卵は壊れやすいため、割って液体にした「液卵」を凍結させて入ってくることになりそう。

 広い米国では、運びやすい紙パック入り液卵が家庭に普及。スクランブルエッグなどを手軽に作るのに使われている。「米国から大量の凍結卵が入ってくるだろう」。国内最大の鶏卵加工会社「キユーピータマゴ」を傘下に持つキユーピーの担当者は予想している。

猛スピードで卵を割る三州食品の液卵製造ライン。左後ろは岩月社長=愛知県小牧市の三州食品で

写真

◆生活にジワリ浸透

 「液卵」は、実は日本に住むわたしたちも知らない間に食べている。

 名古屋コーチン発祥の地・愛知県小牧(こまき)市にある「三州食品」の工場。最新式機械が、一分間に千三百個の猛スピードで卵を割っている。直営養鶏場や全国約百の契約農場から毎日集まってくる百六十トンの産みたての卵を、液卵や凍結卵に加工、紙パックや業務用の缶に詰めて出荷するのだ。

 「日本人は一人平均年間三百二十五個の卵を食べています」。鶏卵調達部長の鈴木一弥(いちや)さん(53)が解説する。卵の形で食べるのはその半数。後はマヨネーズやパン、麺類、菓子、アイスクリーム…。卵を使う製品は、原料に液卵を使っている場合が多い。

 居酒屋チェーンやレストランで出る卵焼きが、紙パック入り液卵で作られていることも。三州食品も液卵に「だし」を加え、紙パックに入れた「だし巻きのもと」や「茶わん蒸しベース」を販売する。

 「米国などでは生卵を食べる習慣がないが、日本ではナマで食べることも多く消費者は鮮度に敏感。日本では海外産の殻付き卵はイメージの面から受け入れられないでしょう」。岩月顕司(けんじ)社長(50)は言う。

 だが、見えない形で食品に使用される液卵となると別。「安い海外製が広まる可能性は十分ある」と「ライバル登場」の可能性を警戒する。

 「関税撤廃されると国内の卵消費量の二割弱が海外産に置き換わる」。政府は試算する。真っ先に影響を受けそうなのが、零細養鶏農家。一九七〇年代後半には二十万軒以上あった養鶏農家はすでに約二千五百軒に激減。岩月社長は「今後大規模な企業養鶏家以外は脱落していく」とみる。

 手作り飼料により、十個・千三百五十円の高級卵で勝負する埼玉県日高市の養鶏農家・高橋尚之さん(66)。「小さな農家は、独自のこだわりで特色のある卵を提供しない限り、生き残れない」と身構える。

 一方で、海外の卵の安全性はどうか。

 生物科学安全研究所の中村政幸参与によると、日本では一九八九年からサルモネラ菌による食中毒が増加。しかし、「ワクチンを打つなどした結果、今では死に至るのは二年に一人程度まで抑え込んだ」。

 これに対して、米国では二〇一〇年、アイオワ州の鶏卵会社がサルモネラ菌に汚染された卵を販売して食中毒を多発させ、五億五千万個を自主回収する事態に発展。最近もカリフォルニア州の鶏肉会社の鶏肉で全米二十州で三百人以上が食中毒になった。

 「食の安全・安心財団」の唐木英明理事長は「生ものを輸出入したら必ず食中毒問題は起きる。国産品でもそうだが責任は生産者にあり、輸出国に検疫職員を派遣するなどして大本を断つのが有効だ」と、国境を越えた安全体制の必要性を指摘する。(山口哲人)

 

この記事を印刷する

PR情報