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【未来の食卓】

余った道産乳 海峡越え流入

350頭もの乳牛が飼われている北海道の別海町酪農研修牧場

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 関東某県の小学校教室・二〇二〇年冬休み明け

 児童が給食を食べている。

 先生 「今年から牛乳が北海道産に変わりました。みんな気づいた?」

 児童A、手を挙げて

 「なぜ変えたんですか?」

 先生 「地元の酪農家のおじさんが牧場をやめちゃったんだって、ちょっとさびしいね」

 東京五輪が開催される頃こんな情景が現実になるかもしれない。

 日本の牛乳の半分は大規模酪農家が多い北海道で生産される。だが、牛乳として本州などに来る量は限定され、大半はチーズなど乳製品に加工されている。「道外の酪農家が打撃を受けないよう、津軽海峡を境とした『暗黙の紳士協定』が乳業界にある」(業界関係者)からだ。本州などでは北海道の牛乳は消費量の四分の一にとどまる。

 だが、環太平洋連携協定(TPP)で乳製品の関税が撤廃されれば、海峡を挟んだ「乳製品すみ分け」の風景は一変する可能性がある。

 海外から乳製品が大量に輸入され、余った北海道の牛乳が海峡を越え流入する可能性が高いためだ。都市近郊の酪農家が廃業に追い込まれる公算も大きい。

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◆酪農廃業の連鎖も

 人口の七倍の牛がいる町がある。北海道の東に位置する別海(べつかい)町。東京二十三区の倍の土地に十一万頭の牛。広大な草原で牛たちは牧草を食べ、摩周湖が水源のミネラル豊富な水を飲み良質な牛乳を出す。日本一の生乳生産量を誇るこの地の乳業関係者さえ、TPPには不安感を抱いている。

 「バターやチーズが海外からなだれ込んでくるかもしれない」。乳製品や牛乳を生産する「べつかい乳業興社」専務の中村登喜男さん(64)は言う。「乳製品の加工工場の稼働率が下がり、従業員の削減などで町が衰退していくのではないか」

 特に、酪農大国ニュージーランドの九割の牛乳を一手に扱う世界最大の乳業企業「フォンテラ」は脅威。牛乳自体は鮮度面で流入しないとみる関係者が多いが、チーズなど加工乳製品の流入により、現在65%の牛乳・乳製品の自給率は下がることになりそう。

 「日本の農家はみなつながっている。どこかが崩れると全体に影響が及ぶ」と警戒するのは同町酪農研修牧場の谷野利一牧場長(64)だ。自然界には植物を動物が食べ、その排せつ物を他の生物が食べる「生態系」がある。農業も同じ。農業者同士の繊細な相互依存関係がある、という。

 乳牛が乳を出すためには妊娠して子牛を産まねばならない。北海道の子牛の多くは本州などの酪農家に買い取られ、乳牛や肉牛用に肥育されている。谷野さんは「(北海道牛乳の流入で)競争力の弱い本州などの酪農家が廃業すると、子牛の買い手がいなくなる。本州の酪農家が消えれば北海道も倒れる」という。

 酪農業ばかりでない。

 関東などでコメや野菜を作る農家は、地元酪農家から牛の排せつ物をもととする堆肥の供給を受けている。「堆肥の供給が途絶えれば都市近郊などの有機栽培農家は窮地に陥り、消費者への影響も懸念される」。パルシステム生協連の産直・商品活動部長、横山博志さん(48)は言う。

 首都圏のスーパーではすでに北海道ブランドの牛乳は威力を発揮しつつある。ある小売業者は「道産は高くても売れる。最近、特売品になるのは千葉県産など近県産ばかり」と明かす。

 千葉県・房総半島は江戸幕府八代将軍の徳川吉宗の時代にバターに似た「牛酪(ぎゅうらく)」の生産が始まった日本の酪農発祥の地。給食に地元牧場の牛乳を使う木更津市立鎌足(かまたり)小学校の高橋徹校長は「歴史ある地元産の新鮮な牛乳を子どもたちに提供し続けたい」と言う。

 館山市の酪農家・須藤裕紀さん(49)は自身で六ヘクタールの畑を耕し飼料の五割近くを自給するなど経営努力を続ける。「海外産が入ってきても生き残る自信はある」と言うが、一方で不安も。「一人で生き残っても限界がある。エサの共同購入もできなくなるし、搾った乳を一人で工場まで運ぶのは到底無理だ」 (山口哲人)

<乳製品の関税率> チーズは22・4〜40%、バターは実質360%など。政府はTPPでは乳製品は優先的に保護する「聖域」としているが、各国からの撤廃要求は強固だ。

 

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