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【二月二十一日 ある死刑囚の記録】

(36)近づく足音

恵喜が獄中で大切にしていた、むうちゃん手作りのビーズのアクセサリー。刑の執行後、むうちゃんの手元に戻った

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 二〇一二年秋。加納恵喜(けいき)の死刑が確定してから五年半がすぎていた。このころ、恵喜はキリスト教への入信をきっかけに面会や手紙のやりとりを続けてきた市原信太郎一家の一人娘、むうちゃんのことを「むうさん」と呼ぶようになっていた。

 幼稚園の年中組で一番背が高くなった五歳のむうさんと面会した後、こんなことを一家への手紙につづっている。「どんなことがあっても、むうさんがランドセルを背負うまで、あと一年半、がんばります」

 「孫」と呼ぶ女の子の成長に目を細め、日増しに「生きたい」との思いを募らせる恵喜。だが、残された時間は多くはなかった。

 法務省の刑事局付検事が冤罪(えんざい)の可能性などを精査した後も、死刑の執行までにはいくつものふるいがある。

 法務省刑事局の元事務官は上司の参事官から、確定順に死刑囚が一センチ幅に並んだリストを見せられ、備考欄のチェックを命じられたことがある。名前や罪名のほか、再審や恩赦の請求の有無や、心身の状態が記されていた。リストは常に更新され、原則として備考欄が空白の死刑囚が、執行対象となる。

 執行の間隔は長すぎず、短すぎず。国政選挙中や、政治情勢が不安定なときの執行も好ましくない。こうした諸条件も踏まえ、刑事局長や総務課長、参事官らが協議を重ねる。ある元参事官の場合、着任後すぐにリストを確認したという。「お膳立てが整い、相対的に確定時期が早い死刑囚を協議に諮った」。そこで了解された死刑囚が大臣に執行を打診される。

 一二年末、自民党が政権に返り咲き、法相には死刑執行に前向きな谷垣禎一が就く。当時、死刑囚の刑の確定から執行までの平均は五年半ほど。ちょうど恵喜ぐらい。恵喜には精神面での問題も無かった。

 年が替わり、二月十八日の月曜日。A4判五十枚以上の書類が法務省内で回覧された。恵喜ら三人の死刑囚の執行に関する起案書や命令書だった。法相の谷垣を含め、七人が決裁し、その日のうちに、三日後の執行が名古屋拘置所などに伝達された。

 恵喜は二十日、それとは知らず、最後の一通を市原一家へ送っている。「桜の開花は例年より早いようです。みなさん、お体に気を付けてお過ごし下さい。又(また)、書き描きます。お元気で、感謝!」

 拘置所の地下では、刑務官たちが執行の準備を始めていた。

  (敬称略)

 

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