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【戦後の地層】

<命と国家>(5)水 精神主義の強制 今も

開成高校の青木秀憲監督(右)、陸軍の水筒(左)、東京五輪で優勝し喜ぶ女子バレーチーム(下)=コラージュ

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 「水を飲むな」。厳しい指導の目を逃れ、竹田晃(84)は炎天下、うがいするふりをして水を飲み込んだ。戦時下、東京高等師範学校付属中学(現筑波大付高)の野球部員だった。一人を大勢が取り囲み、強くボールを投げつける「殺し」と呼ばれる練習など、グラウンドには容赦のない雰囲気が漂っていた。

 雨で練習が中止になると、仲間たちと読み込んだのが「学生野球の父」といわれる飛田穂洲(すいしゅう)の教本。猛練習で培われる精神力、団結力の大切さが強調されていた。

 敵国米国からもたらされた野球。存続の危機に立ち、飛田は戦争にも役立つと訴えた。「一致団結の団体精神は、一丸となって敵に当たるの心意気を示唆し、犠牲的精神は、喜こんで国難に殉ずべき暗示を与えるものに外ならぬ」(一九三九年の論評)。飛田の言葉「一球入魂」は今も広く使われる。

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 明治維新以降、国力に勝る欧米諸国と対峙(たいじ)した日本は、精神力で自らを膨張させることでその差を乗り越えようとした。陸軍の戦陣訓は兵士に国のためには死をいとわぬことを求め、捕虜になることも禁じた。餓死や玉砕など悲惨な末路につながったが、戦後も精神主義は幅をきかせた。

 一九六四年の東京五輪で女子バレーボールを金メダルに導いた故・大松博文(だいまつひろぶみ)は、ビルマ(現ミャンマー)帰り。無謀な作戦で大量の餓死者を出した「インパール作戦」を生き延びた。「いかなる肉体的困難も、精神力によって克服できる」との信念を得たと自著で語る。

 東洋の魔女と呼ばれたメンバーの一人、井戸川(旧姓谷田)絹子(75)は四〇度近い熱が出る中、練習に駆り出された。「なんでこんなことすんねん」と思ったが、「がんばればできる、という経験が大松さんにあったからかも」。大松が、よく口にした言葉は「勝てば官軍」だった。

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 集団の目的のため、個人に我慢を強いる考え方は、過大なノルマで自殺や病死に社員を追い込むブラック企業など今もはびこる。

 実は精神野球の飛田は水は飲むように自著で説いていた。「つらい思いをさせれば、精神が鍛えられるという発想で教育現場が変質させたのかも」。開成高校(東京都)野球部の青木秀憲監督(44)は話す。進学校のため、全体練習は週一回。個人を磨くことに主眼を置いた指導で二〇〇五年、夏の全国高校野球の東東京大会ベスト16に進出。本やドラマの題材にもなった。

 グラウンドから戦争色がなくなったのは「本当に最近」と感じる。「体操や水泳みたいにスポーツ科学が発達した国と競う機会が少なかったからかな」

 試合ではサインを出さず、選手たちに考えさせる。「勝っても負けても別に教育上、えらいわけではない」。社会に出たら、何が役に立つかは分からない。

 今夏は初戦敗退。卒業する三年生に、叱咤(しった)激励した。「まだ君らの野球は終わっていない」。等身大の自分を育てていけばいい。 (文中敬称略、福田真悟)

  =おわり

 

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