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【戦後の地層】

<和解と愛国>(5)沖縄 憎悪乗り越え 平和の中心へ

ドイツのワイツゼッカー元大統領の言葉が刻まれた石碑=沖縄県名護市の名桜大学で(いずれも木口慎子撮影)

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 「元気だったか〜」。戦後間もない一九四八年、沖縄本島中部の軍港ホワイトビーチに、米国陸軍省の軍船オーウェン号が着いた。甲板から聞こえてきたのは、ハワイで暮らす叔父の懐かしい声。新垣善昭(あらがきぜんしょう)(86)=沖縄県うるま市=は、五百五十頭の豚を陸揚げするため、桟橋にいた。

 地形が変わるほど破壊し尽くされた地上戦で、戦後も厳しい食糧難が続いた沖縄。故郷の窮状を知ったハワイ移民たちは五万ドルの寄付を集めた。現在の日本円に換算すると、一億円以上となる大金。米国本土で太った種豚を買い付け軍船を借りて太平洋を横断した。

 新垣は、船内に造られた豚小屋から一頭ずつ降ろし、海に放り出された豚は泳いで取りに行った。食べるだけでなく、頭骨が祭祀(さいし)に使われ、血が琉球漆器の下地にも使われるなど、沖縄の一部だった豚。統計では沖縄戦の後、島内の頭数は戦前の10%以下の一万頭に減った記録が残る。「大事な大事な命の豚だから。一頭たりとも無駄にできなかった」

 飢えが、命や尊厳をいかに脅かすものなのか新垣の心身には深く刻まれていた。四五年の沖縄戦では「護郷隊(ごきょうたい)」と名付けられた少年部隊にいた。米軍に攻め込まれて島北部へと撤退を続けた揚げ句、靴擦れがひどくなって一人、やんばるの森に取り残された。

 避難小屋で、身を寄せ合っての隠とん生活。命がけで米軍の陣地まで出向いて、ごみ捨て場で米兵らの残飯をあさった。同じように食べ物を求めて忍び込み、束ねた髪の毛に、たくさんごみが付いている女性を何人も見かけた。

 「そういう女性は大概、肩が震えている。ああやられた(米兵に暴行された)ってすぐ分かる。でも、どうしようもなかった」

ホワイトビーチに到着した豚を荷揚げした新垣善昭さん(当時の写真を壁に投影)=沖縄県うるま市で

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 二十年前の九五年の米兵少女暴行事件の抗議運動は大きなうねりとなった。「犯罪を止めることもできなくて、それでも生きてきて。みんな経験しているから、だから沖縄はあんなに怒る」。戦争による癒えぬ傷は事あるたびに呼び起こされ、かき乱されてきた。

      ◇

 戦争は国と国の間に激しい憎悪の溝を生む。貧しさゆえに米国への移民も多かった沖縄では、多くの家族が引き裂かれ、それぞれの国への愛国心を試された。名桜大学元学長の東江平之(あがりえなりゆき)(85)も沖縄戦の最中、やんばるの森で米兵となっていた兄フランク・ヒガシ(97)と対面した。

 東江家は七男二女の九人きょうだい。父親が移民としてハワイで二十年ほど暮らしたため、次男のフランクと三男には米国籍がある。二人は家計を助けるため開戦前に渡米していた。

 七男の平之や、六男の康治(やすはる)(故人)ら一家は森の小さな小屋に隠れていた。フランクが、父とともにやって来たのは夕方五時ごろ。この日、父は「ウチナーグチ(沖縄の方言)をしゃべる米兵がいる」といううわさを頼りに、命の危険を冒して米軍陣地に息子を捜しに行っていた。

 兄弟の再会に、感動はなかった。康治は目をひんむいて威嚇し、平之は銃の引き金に手をかけた。二人とも日本軍に組み込まれ「生きて虜囚の辱めを受けず」とたたき込まれていた。フランクの説得で山を下りることを一家が決断するころには夜は更けていた。「今考えると、本当に洗脳されていた」(平之)

 二人は戦後、研究者の道を歩んだ。康治は九四年、「戦争のない社会にするためには教育が必要」と、退職金を投じて名護市に名桜大学を設立。平之が二代目学長となった。

      ◇

 戦時の敵味方の溝を乗り越えホワイトビーチにやってきた豚。そもそもは十四世紀、明の時代の中国から伝わり、その後は中国への貢ぎ物としても使われていた。海を行き来する豚は、大国に翻弄(ほんろう)されてきた沖縄の歴史を体現する。

 沖縄戦終結七十年となる今年六月、名桜大学に一つの碑が建った。九九年に、ドイツの元大統領ワイツゼッカーが大学で講演したときの言葉が刻まれる。今も名護市辺野古(へのこ)での米軍新基地建設計画をめぐり、日米両政府と対立する小さな島の若者を、優しく励ましている。

 <沖縄の若者であるということは、東アジアの中心にいる若者であり、その若者が平和のために力を注ぐということは、東アジア全体の平和のために力を注ぐということになろう> (文中敬称略、木原育子)

 

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