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【Vの時代 ボランティアが築く未来】

(1)企業人 2枚目の名刺でできること

サイクリングで児童養護施設の支援をしている横尾明久さん=横浜市中区で

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◆社外の挑戦が誰かを支える

 相次ぐ自然災害に、進行する人口減少と高齢化−。この国が直面する困難は、行政の力だけでは解決できないように見える。しかし、下働きや「やりがい搾取」はごめんだ。社会を少しでも良くしようと、自らの意思でできることをする。そんなボランティアの姿を追う。 (この連載は臼井康兆、原田遼が担当します)

 凍るような冷気の先へ、ロードバイクをこぎだした。横尾明久さん(50)=神奈川県藤沢市=の昨年の「走り納め」は、大みそかの朝だった。こんな冬の寒さも、そして夏の暑さもあまり気にならないのは、自転車が根っから好きだからだろう。

 酷暑の昨夏。北海道を約五百キロ走破した。雄大なオホーツク海を見ながら南下し、緑豊かな羅臼岳の山懐を駆け抜けた。

 知人に誘われた「サイクリング・フォー・チャリティ」。走行距離に応じて寄付を募り、児童養護施設支援に宛てる仕組みだ。前年には約五百万円が集まったという。

 虐待や育児放棄で親元を離れ、施設で暮らす子のことは正直よく知らない。「好きな自転車で世の中に貢献できるなら…」。軽い気持ちだった。

 旅の途中で訪れた児童養護施設。最新型の自転車に男の子らは興味津々だ。しかし、屈託のない笑顔と裏腹に、高卒時には退所しなければならない厳しい現実がある。頼る人がいない。行く所もない−。

 高校三年の女の子が「大学進学なんてありえない」と漏らしたのを聞き、旅の重みをズシッと感じた。自分も息子を持つ身。心細さが痛いほど分かった。

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 一週間の北海道滞在のため、横尾さんは勤務先の「ボランティア休暇」を二日間使った。「今後は育児放棄した親の側の支援も考えたい。こんな休暇があればやりやすい」と語る。

 約六千社を対象にした昨年の国の調査では、ボランティア休暇があるのは約4%。大企業ほど導入が進み、経団連が会員向けに行った一七年度調査では約百八十社が制度化し、導入率は50%に上った。利用者は約一万四千人で、三年前の二倍に急増した。

 中小企業にも広めようと、導入した社に都が助成金を出してきた。ただ「社内で周知徹底されていない」(渋谷区の情報通信業)など「利用者ゼロ」の社も。そもそも、忙しくて有給休暇も消化できない職場なら、ボランティア休暇の意味は薄い。企業人のボランティアと「働き方改革」は切り離せない。

NPO法人「二枚目の名刺」代表の廣優樹さん=東京都千代田区で

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 「僕自身、昔は午前一時、二時まで働いたこともある」。商社勤めの傍ら、NPO法人「二枚目の名刺」(東京)代表を務める廣(ひろ)優樹さん(39)が振り返る。

 働く大人を非営利目的で活動する団体につなぎ、約六百人を三カ月間のプロジェクトに送り出した。障害児、がん患者、アフリカ諸国などの支援に飛び込んで来るのは、二十〜三十代の企業人が中心だ。

 「金銭報酬とやりがいと自己成長。全部を職場で得られないなら、社外で、という若者が増えています」

 働き方改革で会社に長時間残る勤務が減れば、自由な時間が増える。社外でのスキルアップや人脈を本業に還元できれば、会社も刺激を受ける。「人生百年時代」を見据え、四十〜五十代の参加も活発化する。

 廣さんの原点は、留学先の英国でしばしば突きつけられた質問だ。「Who you are?」。あなたは何者−。

 そこでは留学中の専攻や日本の職場の話をしても、相手にされなかった。やがてベトナムの農業支援に奔走し、人々と出会いを重ねた時、見えるものがあった。会社での鎧(よろい)を脱ぎ捨て、個人になった時に何ができるかだ、と。

 未知への挑戦。リーダーシップとチームワーク。本業以外で自分らしい社会との接点を持つことは、会社で失いがちな自分の力を取り戻す機会だという。

 「そんな変化を、人に届けたいんです」

◆1万円札より一つの優しさ スーパーボランティア・尾畠春夫さん

ボランティアの意義や信条を語る尾畠春夫さん=大分県日出町の自宅で

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 昨年八月、山口県周防大島(すおうおおしま)町で行方不明の男児=当時(2つ)=を見つけ、「スーパーボランティア」と呼ばれた大分県日出(ひじ)町の尾畠(おばた)春夫さん(79)。長年続ける被災地支援などの理由を、「これまで助けていただいた恩返し」と語る。

 「最近、あの子の映像を見せてもらった。もう大きくなってたよ。はー、良かった」。昨年暮れ、取材に応じた尾畠さんは男児の成長に目を細めた。行方不明になって四日目、約六百メートル離れた山中で発見。「渡した塩あめをガリガリかんでいたのを思い出す。よく生きててくれた」

 有名になった後も、ボランティアに取り組む姿勢は変わらない。九月は西日本豪雨の被災地広島県で泥かきをし、地元では近くの登山道の整備を続ける。昨年末の新語・流行語大賞で「スーパーボランティア」がトップ10に選ばれたが、受賞を辞退した。

 「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」。仏教の教えに由来する言葉が、座右の銘だ。金銭や物品など、返礼は決して受け取らない。一方で「受けた恩はどんな小さいことでも忘れない」。

 小学五年で母を亡くした。家計は苦しく、七きょうだいで一人だけ農家に奉公へ出された。日中は農作業と馬の世話。夜は草履づくり。ひもじかった。

 中学に通えたのは三カ月ほど。鮮魚店で下働きを十年。二十代で自分の店を持ち、六十五歳まで続けた。

 「今の自分があるのは、産み育ててくれたおふくろのおかげ。殺生した魚のおかげ。奉公がつらい時『がんばれ』と声を掛けてくれたり、焼き芋くれたりした近所の人のおかげ…」

 人は誰でも、生きている以上、どこかで誰かの善意を受けている。「受けた恩は背負い切れない」と信念を語り、「一万円札より、一つの優しさの方が重い」と力を込める。

 二〇一九年は−。「自然災害が減ってほしいね。でも、天の戒めだとも思う。あまりに人間がやりたい放題だ」。取り組みたいのは近くの海岸や国道の清掃。「ペットボトルの多いこと。目を覆いたくなる」 (原田遼)

 

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