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【Vの時代 ボランティアが築く未来】

(5)首都直下地震 ホワイトナイトは誰?

首都直下地震を想定し、大学への避難受け入れを話し合う学生ら=東京都文京区の東洋大学で

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◆住民のふれあい 命救う絆をつくる

 「熊本市で車中泊のお年寄りが多数」「益城(ましき)町の避難所で日赤スタッフが余っている」−。最大震度7を記録した熊本地震の「本震」から三日後の、二〇一六年四月十九日。熊本市内で開かれた会議で、行政が把握していない情報が次々寄せられた。

 もたらしたのは、被災地支援を専門とするNPOの代表者ら。それを基に対応策が次々と決まっていった。

 「ホワイトナイト(白馬の騎士)が来た、と思いました」。当時、県福祉のまちづくり室長としてボランティア受け入れを担当していた木村忠治(ただはる)さん(57)が振り返る。

 避難者十八万という経験のない大災害。救援物資の配送拠点も被災し、配給は滞った。県は全国各地のNPOの受け入れを想定しておらず、この日が初顔合わせだった。

 NPOの働きはめざましかった。車中泊の被災者への配給に、夜間の避難所支援。民家の屋根にブルーシートを張り、自前のショベルカーでがれきを片付けた。「経験を積んだ彼らの支援なしに、熊本の復旧は進まなかった」

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被災地支援の司令塔となる全国災害ボランティア支援団体ネットワークの上島安裕さん=東京都新宿区で

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 地震を教訓に、一年後に改定された熊本県地域防災計画には、県とNPOとの協力強化が盛り込まれた。特に「平時より連携すること」と名指しされたのが「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク」(東京都)。

 東日本大震災の際にNPOの司令塔がなく、支援が行き届かなかった反省から一六年に発足した。二十四団体で構成し、昨年の大阪北部地震や西日本豪雨でも活躍した。

 運営委員の上島安裕さん(36)が「今のままでは、NPOが助けに来られない」と危ぶむのが首都直下地震。都の地域防災計画では震度5強以上の地震が起きた場合、環状七号の外から都心側への車両の流入は、緊急車両以外は必要に応じ制限されるからだ。

 都は「規制解除まで何日かかるかは警察の判断次第。規制の間は、まだボランティアが活躍できる時期ではない」と説明するが、上島さんは「避難所に来られない被災者の存在やニーズを、行政は把握できない。NPOが早く現場に入り、こまめに集める情報で、多くの関連死を防げる可能性がある」と指摘する。

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 「外からの支援がすぐに望めないなら、比較的元気な都民が支援する側に立たないと」。こんな思いで、災害支援コーディネーターの宮崎賢哉さん(36)は防災訓練に関わっている。昨年十二月、東洋大学(東京都)での避難所設営や避難者受け入れ体験に集まったのは、学生約十人。

 全員ほぼ初対面で、四年の原口七海(ななみ)さん(22)は「みんな遠慮したままで、意見がまとまらなかった」と反省する。実際の地震でも、近所の人の顔や家族構成を知っていれば支援しやすいが、今は言葉を交わすこともない。

 百六十万人が駆け付けた阪神大震災を機に、一九九五年は「ボランティア元年」と呼ばれた。そして、東日本大震災後にNPOを束ねる組織ができた。尊い多くの犠牲の上に、人と人とを結ぶ新たな絆が生まれている。

 首都直下地震の確率は今後三十年間に70%。「祈るだけじゃ変わらない。今日から行動を」と、宮崎さんが学生にハッパを掛ける。「私はマンションのエレベーターで一緒になった人に、日ごろから話し掛けます」と原口さん。

 身の回りの小さなことから、ちょっとずつ。それが絆を生めば、立派なボランティアではないだろうか。 =おわり(この連載は原田遼と臼井康兆が担当しました)

 

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