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【社会】

乗客に死覚悟させた 全日空ハイジャック事件20年 遭遇の元機長

 一九九九年七月、羽田発札幌行きの全日空61便が乗っ取られ、長島直之機長=当時(51)=が殺害された事件から二十三日で二十年となった。当時、現役の全日空機長だった山内純二さん(72)は、別の乗務のための移動で乗り合わせ、事件に遭遇。包丁を持った男がいる操縦室に突入し、墜落寸前の機体を立て直した。「大切な乗客に死を覚悟させた。事件を忘れずに伝えることが、私の義務だ」と話す。

 「ハイジャックされたな」。離陸直後、方角も高度も通常のルートを外れる61便。機内アナウンスもない。ジャンボ機の一階席に制服姿で座っていた山内さん。答えは一つだけだった。

 二階席では、客室乗務員に包丁を突き付けた男が操縦室に入れるよう要求。副操縦士は外に出され、男と長島機長だけが残っていた。

 操縦室のドアの前で山内さんが同僚らと対応を話し合っていると、機体の地上接近を知らせる警告が中から鳴った。「テレイン、テレイン」。この言葉はパイロットの訓練で「100%の死」を意味すると教え込まれた。

 「死んでたまるか」。身長一七〇センチに満たない体は、反射的に操縦室のドアに体当たりしていた。その先で崩れ落ちていた長島機長。機首を上げようと右手で操縦かんをつかんだ。「間に合った」と思った直後、操縦かんは失速を知らせる振動を始めた。「何秒が経過したかは、覚えていない」。乗客乗員五百十七人の機体は、操縦室の窓に市街地が迫る中、パワーを取り戻した。長島機長が機体の出力を維持できるよう設定していた。男は、一緒に突入した同僚らが取り押さえた。

 「毎晩、一人で泣いていた」。羽田へ引き返した機体から、震える足で地上に降りた山内さんは、フラッシュバックに襲われた。しばらく滞在することになったホテルの部屋。寝付こうとアルコールをあおった夜、涙とともにこみ上げたのは「乗客を殺さずに済んだ」という安堵(あんど)感だった。

 五十九歳でパイロットの現場を退き、今春には全日空の関連会社での肩書も外れた。「乗客に遺書まで書かせた責任は、謝罪で済む話ではない。トラウマを消すためには忘れるのが一番だが、私が忘れるわけにはいかない。事実を伝え、空気のように形がない『安全文化』をつなぐ責任がある」

 事件の経験を伝えようと、後輩パイロットらへの講話を続けてきた。「悲惨な戦争も災害も必ず風化する。だからこそ、組織や社会全体で事実を伝え、知らなければいけない」。変わらぬ思いだ。

<全日空機ハイジャック事件> 羽田発札幌行きのボーイング747が刃物を持った男に乗っ取られ、伊豆大島や米軍横田基地周辺を飛行した。男も一時自ら操縦した。東京地裁は2005年、心神耗弱と認定した上で、男に無期懲役の判決を言い渡した。男は事件前、羽田空港の警備態勢に欠陥があることを指摘。受け入れられなかったため、事件を起こした。全日空は毎年、発生日に合わせて黙とうしている。

(東京新聞)

元全日空機長の山内純二さん=10日、羽田空港で

元全日空機長の山内純二さん=10日、羽田空港で
 

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