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【経済】

「実態ない副業」証明 夫の過労死 労災認定へ妻ら苦闘

 昨年四月に死亡し、副業先の労働時間も合算する形で過労死の認定を受けた埼玉県三郷市のトラック運転手武田正臣さん=当時(52)=の遺族である妻・ちづるさん(47)が本紙の取材に応じ、認定までの詳細な経緯を証言した。ちづるさんは弁護士に協力してもらいながら正臣さんの同僚の証言を得て、「副業先の労働時間は合算しない」とする厚生労働省の方針を覆した。過労死等防止対策推進法の施行から丸五年が過ぎたが、過労で命を落とす人の数は高止まりしている。 (池尾伸一)

 一年半が過ぎた今もちづるさんは毎日、涙があふれてくる。「一番近くにいたのになぜ止められなかったのか」と自分を責める。声一つ荒らげたことがない夫。犬をかわいがる姿が幻のように浮かんでくる。

 大型連休に入る前の昨年四月二十七日金曜日。二十時間の長時間労働を終え帰宅した夫は声もかすれ、体調が悪いのが分かった。食品メーカーから菓子を問屋の倉庫に配送して回る正臣さんは、いつもは午前一時半に自宅を出て夕方まで働く。連休前は帰りがさらに遅くなり深夜になる。

 この日も帰宅は午後十一時にずれこんだが、一時間だけ仮眠すると翌日未明に家を出た。休むように言っても「仲間に迷惑が掛かる」と休まない夫だった。

 朝になると、ちづるさんは起きるなり心配でたまらなくなり、LINE(ライン)を送った。

 <体調大丈夫??>

 結婚十三年。子供はなく友達のような二人。月四日しかない休みは五匹の犬を一緒に散歩させた。正臣さんはチーズケーキをよく作ってくれ、スイーツカフェの開店が将来の夢。交通事故を心配する妻を思い、出社や退社の時刻などをこまめにLINEで伝えてくれた。

 だが、この日の<大丈夫?>のメッセージには、いくら待っても反応がない。まさにその時、正臣さんは荷物を積み降ろし中のフォークリフトの運転席で、心臓まひで息絶えようとしていた。

 ◇  ◇ 

 「典型的な過労死だ」。ちづるさんから相談を受けた弁護団はすぐ過労死認定されると思った。前月の残業は会社の記録では四十時間だが、実際は過労死ラインの百時間を超える百四十時間。夫婦間のLINEがそれを裏付けた。だが…。

 「何だ、これは?」。蟹江鬼太郎弁護士は驚いた。

 給与明細が二通、発行されていたのだ。運転中は運送会社ライフサポート・エガワ社の社員だが、荷物の積み降ろしは関連会社の社員としての副業。厚労省は過労死認定に際しては「労災が発生した職場の残業だけを考慮すればよい」との方針を堅持する。正臣さんは関連会社社員としての仕事中に亡くなった。これならトラックを運転していた時間は労働時間から除かれてしまう。

 「関連会社は実体がない。正臣さんは実質的に一つの企業で働いていた」。それを証明する作業が始まった−。

◆抜け穴多い過労死防止策

 関連会社が実体がないと証明するために手掛かりになったのは、正臣さんの携帯電話だった。

 通話記録などから正臣さんの同僚たちの連絡先が判明。ちづるさんが仕事場の実態を教えてほしいと頼むと、「忙しい時、いつも正臣さんは自分の分も配送してくれた。いくらでも協力します」。ある同僚は言ってくれた。

 同僚たちは毎日の仕事の指示をしていたのはライフサポート・エガワ社の責任者だけで、関連会社は会社としての実体がなかったことを証言してくれた。

 正臣さんの葬儀に訪れたのもエガワ社の社長や総務部だけ。「副業先」のはずの関連会社の関係者は姿を現さなかった。ユニホームも一種類だけだった。

 二〇一八年九月、弁護団はこれらの証拠とともに川口労働基準監督署に労災を申請。しかし担当者は「うーん。難しい案件だ」。

 この反応を受け、弁護団はさらに動いた。過労死防止策に熱心な国会議員とともに、厚生労働省の担当課を直接説得したのだ。

 労災認定されたのは、申請から十カ月が経過した今年七月五日。労基署が認定の可否を決めるまでの目安にする六カ月を超え、内部で論議があったことをうかがわせた。

 積み降ろし作業を「副業」の形でやらせていたことについてエガワ社は本紙の取材に「業務の集約と効率化が目的だった」とコメントした。弁護団は労働時間を少なく見せかけたり、社会保険費用を削減したりする目的だったと推測する。

 ◇  ◇ 

 政府は柔軟な働き方として副業を奨励する。だが、労災認定に際し、「副業先と本業の労働時間を合算しない」というルールは変えていない。

 川人博(かわひとひろし)弁護士の知るケースでは、平日は勤務先の大学病院で働き、週末は大学病院のあっせんで地域の病院で働いていた医師が亡くなったが、労働時間は合算されず過労死認定されなかった。川人氏は「このままなら仕事を二社に分け社員を上限なく働かせる企業も増える」と警戒する。

 政府が働き方改革の一環として今年四月に導入した残業時間の上限付き罰則規制も、トラックの運転手などの運輸業や建設業は対象から除外されている。東京五輪・パラリンピックに向けた建設ラッシュで人手不足が深刻な両業種は、経済界と業界の要望で二四年まで導入が先送りされた。

 厚労省の統計によると、一八年度に過労死認定された人は運輸業が三十八人にも及び、全業種の中で突出して多い。残業規制の対象外になっていることで、過労死する人はさらに増える恐れがある。

 ◇  ◇ 

 <天気予報だと(五月)3日だけが雨になったねぇ>

 正臣さんのちづるさんへの最後のLINEメッセージは心臓まひの二時間前だった。ゴールデンウイークの休みに、二人で五匹の犬を散歩させにいくのをとても楽しみにしていた。

 ちづるさんは言う。

 「過労死するのは優しくて責任感の強い人ばかり。そこに付け込む企業への罰則があまりにも甘い。これから何人が亡くなり、何人の家族が悲しむのでしょうか」

<埼玉県三郷市のトラック運転手の過労死> 昨年4月、東京都内の運送会社で働いていたトラック運転手武田正臣さんが死亡し、遺族は過労死として労災を申請。「副業先の残業は合算しない」との厚生労働省の方針があり、認定作業は長期化したが、今年7月に過労死認定された。

 

<過労死等防止対策推進法> 議員立法で国会に提出された法案が成立し、2014年11月に施行された。国が過労死の実態調査や国民への啓発、産業医の研修や相談体制の整備を進めることが盛り込まれた。過労死防止を初めて国の責務と定めたが、遺族らが求めた企業への罰則付き労働時間規制は見送られた。施行前の13年度に196人だった過労死認定(自殺や自殺未遂を含む)された人は、施行後も高止まりしており、17年度は190人、18年度は158人となっている。

(東京新聞)

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